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2025/01/15(Wed)
ADMIN
その日は嫌な天気で、俺は皮膚にへばりつくその髪の毛にうんざりしていた。
空を見上げても、降ってくるのは酷くぬるい雨だけで、いつまでもいつまでも泣き止まないクソガキみたいに俺のことを濡らし続ける。
迷惑だ、と俺は顔をしかめるけれど、それでも傘をさすことすらめんどくさくて、両手はだらりと下げたままだった。
雨はしばらく止んでいない。俺はもう二度と太陽は見れないんじゃねェかとさえ思っていた。




雨に溶ける罪人






「ヴィル」

濁った灰色の空も、耳元で囁かれる甘ったるくて吐き気のする猫なで声も
嫌いだ、大嫌いだ、そう叫びたくなる、放っといてくれ、俺にかまうなと

その女は土砂降りの雨の中突っ立っている俺の背中にぺたりとくっついた
雨で濡れたシャツが肌に張り付いて、気持ち悪い、と俺は思う。
気色の悪い生温い彼女の体温が、薄いシャツの向こうからじわじわと俺を浸食する。

愛してるわウィーヴィル

耳元で囁かれたその言葉が俺の耳をなぞって、脳味噌に届くなり俺はどうしようもない怒りを覚える。
反吐が出そうだ。
いつもいつも、この女の一言一言が俺の神経を逆なでする。
何の役にも立たないその囁きを振り払うように、俺は彼女からはなれた。

「帰りましょ」
「どこに」
「此処じゃない何処かよ」
「俺はここでいい」

彼女の声が俺の背中に届く前に、雨に流されればいいのにと思った。
流されて流されて、俺の知らないどこかまで運ばれてしまえばいいのにと思った。
身体が重い。立っているのも面倒だ。倒れ込んでしまいたかった。
服が汚れたり、髪が乱れたりするのなんて気にしないで、泥水の中に倒れ込んで、青ざめる彼女を見て笑ってやるのだ。
ヒステリックに目を見開くあの女の顔が、俺の脳裏には鮮明に浮かんで、それだけで俺は笑いがこみ上げてくる。

どんよりと重い曇り空に似た、はっきりしない頭で俺は、ゆっくりと振り返って背中越しに彼女を見つめる。
視界に入ったロベルタは、俺と同じ、鮮やかすぎる紫色の目で俺を睨んだ。

「私の言うことを聞きなさい」

俺を押さえ込むための威圧感をまとった、有無を言わせないその特徴的な声
嫌悪感が過ぎて、笑えてくる。

「何が可笑しいの?」

なんだろうなァ。俺には、それさえよくわからない。
雨に濡れたシャツが俺の肌に張り付くように、ただただ気色悪い笑顔が口元に張り付くんだよ、姉さん。
自分の意志を持つことが罪なのかどうか、俺にはよくわからない。
持っていたハズの俺の意思は、あんたが全部、この雨の中に沈めたから。

それは罪か
これは罰か

俺はこの女が嫌いだ 心の底から憎んでいる。
死ねばいい。この世で最も残酷な、それも酷く痛みを伴う死に方で。
俺を苦しめたように、苦しみながら死ねばいい。
そのときがくれば、この女も泣きながら許しを請うだろうか。

雨の中、溶け出して流れ落ちそうな思考の中で、俺はまたその口元に理由のない笑みを浮かべる
もしもその時がきて、あんたが涙を浮かべて俺を見上げたら、そのとき俺は、あんたをはじめて愛しいと思えるかもしれない

「帰るのよウィーヴィル」

相変わらず冷たいだけの彼女の声に、俺は小さくあぁと言う。
地面に出来た水たまりに溺れることも、彼女の言葉を無視することもなく
俺はただ返事をする。それが一番ラクだ。めんどくさいことばかり、わざわざ選びたくない。

それは罪か
これは罰か

雨はまだまだ降りそうだった。俺はしばらく、太陽をみていない。


2012/06/13(Wed)
ADMIN