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「俺にはもう、時間が無いんだ」
ゆるりと呟いた彼の言葉を、あたしが理解することはできなくて
本当は頭のどこかではその単純な言葉の意味を理解することはできていたのだけれど、その事実をどうしても受け入れてしまいたくなくて
泣きわめくわけでも、しょぼくれるわけでもなく、
ただいつもと同じように笑う弥太郎は、なんだかすごくムカついた
「だから、生きてた証拠が欲しい。俺が此処にいた証拠が」
急にまじめな顔をしたかと思うと、次の瞬間には、弥太郎は自分で言ったその言葉を小さく笑った
なんてね、偉そうなこと、言える立場じゃないのにね
弱弱しく付け加える弥太郎の、そんなふざけた言葉を吐く恩知らずなくちびるを、
どうにか塞いでしまいたいとさえ思った
「あたしが」
思わず口走ったあたしの言葉に、弥太郎がふと顔をあげる
「あたしが、証拠になってやる」
「…はすみが?」
ちょっとだけ不思議そうに眼を細めた弥太郎が、次の瞬間にはくすくすと笑い出す
それが理解できないあたしは、少しまごついてから、恥ずかしくなって顔を赤らめた
「笑うことないだろ!あたしは、お前の為に何かしてやりたくて、」
「いや、ごめん、お前のこと笑ったわけじゃないんだよ」
恥ずかしさのあまり声を荒げれば、ごめんごめんと弥太郎は手を振って
それからゆっくりあたしの瞳を見つめると、懐かしむようにゆるりと切りだした
「はすみさぁ、俺と初めて会った時のこと覚えてる?」
唐突に投げかけられたその問いに、あたしは一瞬目を丸くしたけれど
忘れられるはずなんか無かった、あたしが初対面だったこの男に、「俺は死ぬ」と宣言されたあの日のことを
そうしてその宣言通り、彼はあたしのそばからいとも簡単に消えようとしている
あたしが傍にいなかった頃から弥太郎は死ぬことを決めていて、あたしがどんなに引きとめてもその決意を変えようとはしないだろうなんてこと
あたしにも本当は分かっていた、だからあたしはこいつに何もできなくて、ただ一人でおいて行かれるのが怖くて
そんな男はいままでも、これからも、きっと弥太郎ただ一人だ
「あのとき、はすみは笑ったろ。死にますって聞いて笑ったの、お前だけだったんだよね」
俺もともと体弱いって会社でも知られてたし。深刻そうな顔して見せてるけど、結論は俺は死ぬってことだけで
でもあの時、派遣のお前は来たばっかりで、俺の台詞、勝手に冗談だって思いこんでけらけら笑って、
それで、俺ちょっと安心したんだよね。俺、まだ生きてるんだって
「だから俺もつられて笑ったんだ。ただ、お前の笑顔が嬉しかった」
恥ずかしがることもなく、あっさりとそう言う弥太郎を、
あたしはただ黙って泣きそうになりながら見つめていた
「ありがとうはすみ、でも、お気持ちだけで十分です。俺はもう十分、お前には助けられたから」
迷惑かけるだけかけて、勝手に死んでごめんな。
死ぬと言うのに笑うあんたのため息が出そうな程心地よいその笑顔に、
情けなくも釣られて小さく微笑んでしまったあたしは
いまさらなんだよ、それだけ言って口をつぐんだ
ほんと、いまさらなんだよ
はじめからこいつは死ぬときまっていた
あたしはこいつが死ぬのをただ見ているだけ
あたしが彼のために何かしてやりたいとこんなにも望んでるって言うのに、
何一つ出来やしないんだ、助けてやることなんてなおさら、
そう思ったら涙がこぼれそうで我慢するのが難しかった
こいつが死ぬのを見ていることしかできないあたしは、
いまさら何をしようっていうんだろう
屈託のないその笑顔だけを見つめて、最後までその隣に寄り添い続けだいだなんて、
ほんと、いまさらすぎるよね