ヨヨが現れたのは、夏真っ盛りの7月。わたしは12歳。彼は確か25歳。ヨヨはかっこいい帽子をかぶっていたけど、私にとっては、巣から落っこちて翼を怪我して、もう二度と飛べないただの弱虫だった。
ヨヨは本当の名前ではない。ジョルノ、というのが最初聞いた時の名前。ジョルノ・クレア。かわいいケーキみたいな名前だと思ったが、小型のバイクの名前らしいということがおとなになってから分かった。
ヨヨはいつも暑い夏の日を嘆いていた。心地よい風が首筋を通り抜ける橋の上で、気持ちいいふさふさの芝生が生い茂る緑の公園の木陰で、ヨヨは溜息ばかり。アイスクリームを食べながらわたしはヨヨに聞いた。どうしていつもそんな黒い帽子をかぶってるの?
「日焼けしたくないんだ」
と、ヨヨは元気のない声で言った。おしゃれじゃないのか。と、わたしはアイスクリームを舐めながら思った。
夏の間は、色んな所でヨヨを見かけた。アイス屋さんの彼は、たまにキャンディーを売ってたり、風船を売ってたり、おもちゃを売ってたり、とにかく色々、カラフルで小さくてこまごました、女の子が好きそうなものにいつも囲まれていた。だからヨヨが羨ましくて、わたしはいつもヨヨを見かけるたびにヨヨの傍に行った。
「また君か」
「わたし以外のお客さん来ないんでしょ」
意味もなく、深い考えもなく、幼いわたしはいつもヨヨにそうやって意地悪を言って、ヨヨは笑ってゆるしてくれて、わたしはそれが当然だと思っていた。オレンジの紐で首から下げたポシェットから、小銭しか入らない小さなお財布を出して、わたしは中身を手のひらに広げた。
「ブルーハワイのかき氷ある?」
「かき氷?かき氷はない。ソーダ味のアイスバーなら」
「じゃあそれで」
摘んだコインを爪先立ちしてワゴンに乗せると、かちゃんと金属がぶつかる音がする。わたしは背が低くて見えないから、正直、ヨヨが笑って手を伸ばしてくれるのが、嬉しかったし気恥ずかしかった。ヨヨの手は大きくて、革でできた黒い手袋がいつもすっと伸びてくる。その様は、何故だかいつも緊張させられた。
「友達と遊びに来たの?」
「ううん。今日はママが居ないから、一人で。探検しに」
と、おませなちびっこイェンテは答える。
「今日はイェンテの大冒険か」
「そうだよ」
「橋の向こうまで行くつもり?」
ヨヨが橋の向こうを眺めながら言った。ヨヨが居たその橋は、東と西を繋ぐ大橋の西側。この橋を超えると、向こうは東の国だ。キモノを着た人たちが暮らす、桜の国。話は知っていても、その頃のわたしはまだ一度も行ったことはなく、異国情緒溢れる不思議な街の雰囲気にただなんとなく惹かれ、ただなんとなく怖かった。ただ、ヨヨにみえ切って探検しに来たと言ってしまった手前、そう聞かれてしまうともう怖いなどといえるものではない。わたしは本当に、小さい頃から意地っ張りだった。
「そう。探検に行くの」
わたしは飄々と答えた。別に危険なところじゃないというのは分かっているけど、知らない街に行くのは少し怖い。
ヨヨが着いて来てくれたら、と、幼心にちらりと彼を見上げたが、ヨヨはすごいなあ、と呟いて、ワゴンからアイスバーを取り出しただけだった。
「あの街には面白いものがたくさんあるよ」
「行ったことあるの?」
「まあね」
わたしにアイスを渡して、ヨヨはのんびりと言った。肘をつき、わたしを見下ろすような格好にはなったけど、ヨヨの笑顔は相変わらずゆるくて、威圧感は全然ない。
「ねえ、どんなとこ?」
さっそく受け取ったアイスをかじりながら、わたしはそう聞いた。
「いいところだよ。みんな優しいし。甘味処っていう、デザート屋さんがある」
「デザート?! アイスある?」
「イェンテがさっき言ってたかき氷は東の国の食べ物だから、きっとあると思うよ」
「そうなの?」
「そう」
そんなことも知らないのかと言えたはずのヨヨはそう言わずに、ただ薄い笑顔を浮かべて私を見ていた。夏の太陽。ワゴンのパラソルに遮られて、直射日光から守られている彼の白い顔。黒い帽子の影が落ちて、不健康そうな笑顔を紫外線から死守している。
「あっちに行くなら、これを」
わたしがぼうっとその顔を見つめているうちに、ヨヨの方から突然そういった。一瞬顔が見えなくなったかと思うと、すっと何かが降りてくる。ヒモにぶら下げられてするすると降りてきたそれを、私はアイスを持っていない方の手で受け取った。
「持って行って」
小さなビンみたいだ。冷たくて、丸くて、少しだけ平べったい。小さな蓋も付いている。そっと開けると、中からなんとも言えない不思議な香りがした。
「これなあに?」
「お守り。君にあげる」
ヨヨはそう言って、わたしは溶けかけたアイスのことも忘れてヨヨを見上げた。夏の日差しはパラソルには敵わない。真夏のギラギラとした暑さにほんの少しの涼しさを与えてくれるヨヨのことが、わたしはどうしてかわからないぐらい好きだった。
ありがとう、と小さく口ごもった言葉が、どうにか彼に届いたらしいということは、かれがまたゆるりと微笑んだことで分かった。
ヨヨのお守りを首にかけると、不思議な香りが瓶の蓋の隙間から溢れて、元気をくれる気がした。
「イェンテ」
アイスを食べ終え、橋の向こうへ歩き出したわたしの背中にヨヨの声がかかる。振り返ればまだそこに彼はいる。アイス屋さんの涼しげな青。爽やかな彼の声。癒しの空間。
「いってらっしゃい」
いってきますと手を降って、わたしはお守りを握りしめた。
東の国に行くのははじめて。
橋の向こうは異国の地。
それでもちびっこのイェンテは、ヨヨと一緒に、どこまでも行ける気がした。
PPLのひとたち たぶん夏限定の
ヨヨはアイスワゴンのやる気ないお兄さん フィンク
イェンテは使うかどうかわからない 青い食べ物が好きな幼女 プルリネ