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2025/01/15(Wed)
ADMIN
冬が来ると俺たちモンスターはだいたいみんな意識がはっきりしない。魔法にかかったように眠り、眠り続け、目が腐るまで眠る。眠って眠って眠って、深い深い海の中に落ちていくみたいに、何があっても目覚めない。外で何が起きてるのか? そこにいるのは誰なのか? 俺は一体何者か? なんにもわからなくなる。ただ目を閉じて、呼吸する。思考は海の底。俺たちモンスターは、真実の愛のキスでも目覚めない。
目が覚めるとそこに彼女はいない。いつもと逆だ。俺はずっと寝てたのか? はっきりしない頭で、ひどく焦って俺は考える。俺は、ずっと寝てたのか?

いつから寝てたのか思い出せない。そういうものだ。毎年毎年、俺たちはふいに意識を持って行かれて、気が付くと知らない場所にいる。もう慣れたさ。モンスターならみんなが経験することだ。ただ、隣にいたはずの誰かがいないことに慣れてるのは、相当心が強いやつだけ。朝起きたら隣にいたはずの女がいない。知らないうちにどこかにいった。気づけたはずなのに捕まえ損ねる。裏切りか、逃走か、あるいは、ポイ捨てか。その間俺はすやすや寝てたってのか。考えるのは不安要素と泣きたくなるようなひどいことばかり。彼女はキッチンでコーヒーを入れてるんだ。いやそれか、朝食にドーナツを買いに行ったのかもしれない。キッチンをのぞけば彼女がいるはずだ。おはよう、よく眠れた?お寝坊さん。そう言って微笑む彼女は、そうさ、いない。誰かが急に消えることに慣れるやつなんかいない。俺か? 俺はいつも消える方なんだ。慣れてるわけがない。

俺は頭を抱えて、泣きたくなりながら起き上がった。頭がガンガンする。最後に何をしてた? 思い出せない。髪を掻き上げようとして頭に手を伸ばしたら、指先に乾いた血が付いた。ああ、そうか。思い出したぞ。クインだ。彼女はどこだ? 俺は、一体ここで何をしてる?

「ハチルさん、?」

突然声をかけられて、俺は数センチ飛びあがった。ドアのところに立っていたのはツユキだった。心臓がひっくり返りそうになる。むしろ心臓を吐き出しそうだったというほうが正しいのかもしれない。俺はいつから眠っていた? 何が起きた? どうして俺は覚えてないんだ? なんでクインじゃなくて、ツユキがそこから出てくるんだ?

俺があまりに大げさに驚いたので、ツユキの方もびっくりして固まっていた。ぽかんと口を開けたまま間抜け面を晒す俺に、戸惑いながら、彼は言う。

「すみません、急に声かけて、驚かせましたよね…俺までびっくりしちゃった」

助けてくれと俺は願った。助けてくれ。この天使みたいな笑顔をこれ以上見つめていたら、罪悪感で呼吸困難になりそうだ。俺は目だけはツユキに釘付けのまま、息をするのだけは忘れないようにと自分に言い聞かせた。クインじゃなかった。いや、クインなのか? この子は俺を殺すのか? こいつは誰だ? ほんとにツユキか? ぐるぐると頭のなかを疑問符が回る。ぼんやりしている。フワフワと霞んで、消えそうだ。まだ夢の中だといってくれ。だれでもいい。これは幻だ。現実じゃない。だって何をしてたか、俺は覚えてないんだ。口の中で血の味がする。

「顔が青いですよ…蜂散さん、まだ…」
「…大丈夫だよ。大丈夫だ」

たぶん。たぶん大丈夫。俺は心のなかで繰り返した。いや。自分に言い聞かせた。大嘘だ。大丈夫なもんか。本当は彼を心配させたくなくて、だから俺はきちんと彼に向かって微笑みかけてやりたかったんだけど、ああ、ごめん、ツユキ、俺は引きつった笑顔しか浮かべられなかった。笑えるか。笑えるもんかよ。ハチル、よく考えろ。この状況、笑える要素がどこにある? 心臓が痛い。おかしくなりそうだ。水が飲みたかった。全く、笑えないぜ。

俺はただ唸って頭を再度ベッドに沈めた。世界が横向きになる。ツユキの心配そうな顔も横向きになる。ゆっくりまばたきをした。したらこのフワフワした感覚から抜けだして、頭がはっきりするんじゃないかと思ったがダメだった。もしかして、ほんとに俺はまだ寝てるのか?

ぼんやりする。どこかが気持ち悪い。歯を舌でなぞって、そこで俺はようやくちゃんとツユキを見た。はっきりした頭と、眼で。意識が回る。夢の中の意識。目を細めて指先を見たら、やっぱり血が付いていた。指先を口元に。唇にその匂いが届く前に、俺はツユキを見た。ツユキは、ドアのそばにいた。彼は、最初からちゃんと、俺を見ていた。

「ツユキ、俺、何か…?」

なにかしたか、きみに。

ツユキが微笑む。その笑顔があまりに上手いから、俺は逃げ出したくなる。さっと体が冷えていく。急速に脳が覚醒する。そして拒絶。口の中が気持ち悪い。俺はまだ寝てるんだろう? 眠ってるって言ってくれ。ツユキ。

「なにも」

ツユキが小さく笑って、呟いた。ドアのそばにいるツユキの、笑う顔。君は笑うのが上手だ。俺よりうまい。ほんとさ。俺は騙される。騙されたいと願う。舌先が記憶している。君はドアから離れない。わかってる、夢じゃない。夢じゃないんだろ。

「なにもありませんでした」

静かに、はっきりと、彼は言った。俺はただそれを聞いていた。嘘なのはわかってる。君は優しいから。だから俺は今度こそ上手に笑った。今度は、泣きたくなるほど上手に笑えた。

「そう」

冬が来ると俺たちモンスターはだいたいみんな意識がはっきりしない。魔法にかかったように眠り、眠り続け、目が腐るまで眠る。眠って眠って眠って、深い深い海の中に落ちていくみたいに、何があっても目覚めない。外で何が起きてるのか? そこにいるのは誰なのか? 俺は一体何者か? なんにもわからなくなる。ただ目を閉じて、呼吸する。思考は海の底。理性は沈黙の中。夢を見る。きみを食べる夢だ。君が夢にした。俺は覚えていないから。

ごめんなツユキ

俺たちモンスターは、真実の愛のキスでも目覚めない。

「 おやすみ 」




2013/12/17(Tue)
ADMIN