からだじゅう血が出るまで引っ掻きたいと言ったら、イヤな顔したハチルに止められた。 「女の子だったら体大事にしろよな」、というのが彼の言い分であるわけだが、女の子だから、という理由がイマイチ私には納得できないわけであって。
血が出るまで、というのは少しオーバーだったかもしれないけれど、本当にからだじゅうかゆくてかゆくてたまらなくって、掻かずにはいられないこの気持ちをきっとこの男は理解していない。
「かゆいんだもん」 と、文句を口にすれば、ハチルはまた顔をしかめた。
親から貰った体なんだから大事にしろよ。そう言って、彼は私がめくりかけた袖を、丁寧に、きちんと元通りになおした。お母さんみたいだ。
「からだじゅう、かゆいんだよ」
血が出るまで、掻きむしって、掻き壊して、 そうしたらどうなるかなんて考えずに、ただ掻きまくりたいって、衝動に突き動かされて
彼は私の文句を黙って聞きながら、その喉をひくりと鳴らした。
「上手に掻いてよ」
彼の直した袖をもう一度乱暴にめくろうとした私に、ハチルが諦めたように言った。
思わず首をひねって彼を見上げたら、小さくため息が降ってくる。
「掻くなら、上手に掻いて」
「上手にって」
「さあ、わからないけど。爪を立てないとか、思い切りやらないとか」
とにかく、やるなら上手にやって。
それだけ言うとたまらなそうに私から顔を背けたハチルをしばらく眺めていたけれど、やっぱりその意味がよく分からなくて
私が、私を傷つけるのなんかみたくないのかしら。ぼんやり思って皮膚を見つめる。
リストカットしてるわけじゃ、ないんだから。見つめた皮膚は、私の望み通り赤く腫れて、血がうっすらにじんでいた。
違うな。
私は血のにじんだ自分の肌をみて思う。
きっと食べたいんだ。
彼はきっと、私がこの痒さに耐えきれず掻きむしりまくりたいと思っている以上に、私のことを食べてしまいたいと思っているのだ。
このひとは、きっと、ちゃんと我慢しているのだ、 わたしと、ちがって。
私がぐい、と腕を差し出すと、ぎょっとしたようにハチルは目を開いた。
「ハチコが、やって」
彼の視線が、私の腕に落ちる。赤く腫れた皮膚を悲しそうに、愛おしそうに、舐めるように、彼がみる。
その喉が小さく揺れた。やっぱりなぁ。
彼は我慢することがとても上手だ。あまりにも上手だから、私は泣きたくなる。
我慢しなくていいよ。
我慢なんて出来ないんでしょ。知ってるよ。あれ、ものすごくつらいもの。
「やっていいよ」
ぐちゃぐちゃにして、いいよ
ぐい、と緩やかに、私の腕がひっぱられる。
彼のぬるい舌が傷ついた皮膚を這って、傷口が痛いぐらい染みる。
腕も、手も、指先も、かゆい、かゆいの、ねえ
まだまだかゆくて、つらくて、あなたみたいに上手に、
わたしは我慢出来そうにないの。