忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。



2025/01/15(Wed)
ADMIN
冬の空が綺麗なのをみると、初めてあの店の明かりを見た時のことを思い出す。
もうずうっと前だったような気もするし、全然時間が立っていないような気もする。
あの夜、俺が突然ドアを開けた時、ツユキは、今みたいに可愛い顔で、ぽかんとした表情をした。

久しぶりに、そしていつものように唐突に現れた俺を見て、ツユキは固まった。

ゆるりと笑ってみせた俺だったけど、正直体は重たくて、頭の中はごちゃごちゃで、どうしてわざわざここへ来てしまったのか、自分でよくわからなかった。ただ、ツユキの顔を見てしまったら、もうそれだけで、どうしようもなく苦しくなるほど、心臓が脈打つのがわかった。弾けそうだ、と俺は冴えない頭でぼんやり思う。君にはわからないかも知れない。今、俺が君をどれだけ渇望してるか。この不安定で、切羽詰まった切実な痛みを、リヴリーであるツユキが味わうことは一生ないだろう。愛しい君を前にして、俺はここに来たことをもうすでに強烈に後悔し始めていた。

驚いたような、呆れたような、怒ったような、それでいて様子のおかしい俺を心配しているような、色んな気持ちを代わる代わるその顔に浮かべながら、ツユキは何も言わずに俺を見ていた。

俺が無理矢理貼り付けたぎこちない笑顔の裏を、あえてロマンチックな言葉にしよう。ツユキ、今すぐ君を抱きしめたい。何も知らない純粋な君を、今すぐ抱きしめて、キスしたい。思い切り深く口付けて、それから、その白くて柔らかい首筋をなでて、歯を立てたい。優しい君は、はじめのうちは抵抗するかもしれない。でも分かるだろ、俺の言ってること。

俺は心からそう思ってる。ツユキは美味しいだろうな。箒を持つ小さな手も、いつもの見慣れたエプロン姿も、俺に微笑むその顔も。このまま我慢し続けたら俺は、おかしくなりそうなんだ。喉から手が出そう。君にはわからないって言ったろ。こんなのは酷い勘違いだ。モンスター精一杯の懺悔。膝を折って祈るよ。ツユキ、心の底から愛してる。だから、本当は、君は今すぐここから逃げるべきだ。モンスターの俺は、そんなことわざわざ君に言ったりしないけど。

「会いに来たよ」

毎年俺はこの続きが言えない。俺はこれから眠るから、しばらく会えなくなるんだ。最後にひと目、君が見たくて。内緒だ。毎年毎年、ツユキには、会えなくなるって隠してる。会えなくなるんじゃない、いなくなるんだ、俺はツユキのそばから。そう思ったら、俺はツユキのそばにいたのかどうかさえ疑問に思えてくる、そうだろ、俺はいつも君の前に現れたり消えたり現れたり。だからこれ以上は、そう、俺はあっさり考えるのをやめる。

見つめた先のツユキは一瞬涙を浮かべて、怒ったような顔になり、それから悲しそうになって、最後に真っ赤になってから、ふいっと下を向いてしまった。お怒りはごもっともだ。ずいぶん放ったらかしにしたし、会うのだって久しぶりになってしまったから。いつもごめんね。そういう心からの謝罪が、俺が言うとものすごく軽く聞こえるのが何故なのか、俺にはわからないけど。

俺はその言い訳をするのを早々に諦めて、店を掃除していたツユキの側によっていって、そのまましっかり抱きしめた。首筋に顔をうずめて、小さな体をしっかり、ぎゅっと強く。きゅっと縮こまるツユキの小さな体をこうやって抱きしめていると、心の底から、やっぱり、ツユキのことが好きだ、と思う。

ツユキは俺の腕の中で固まったまま、しばらくすると、ぷるぷる小さく震えだした。どうしたのかと思って顔を見ようと腕の力を緩めたら、その途端にツユキの方からがばりと顔を胸に押し付けてくる。照れるツユキは可愛いけど、俺はびっくりして思わず鼻を引くつかせた。そしてそこから小さくくぐもった震える声。蜂散さん、俺、待ってたんですよ。よく耳をすませば俺への文句だ。でも微かな吐息さえ感じるようなその声すら、愛おしいと思っちまうほど俺はツユキにやられてる。俺は自分がツユキに文句を言わせてることも忘れて、もっと力を込めて、しっかりツユキのことを抱きしめた。

「きょう、クリスマスパーティー、やったんですよ」
「うん」
「鯉壱さんたちも、呼んだんですよ」
「うん」

もう、来てくれないかと思った。大好きな声が、ぼんやりと耳を、頭を、侵食する。腕の中、震えるツユキと、そのきれいな瞳からぽろぽろ溢れる涙。泣かせてるのは俺なのに、その姿すら愛おしい。指で丁寧に拭って、まぶたにキスをする。ごめんな、ツユキ。お前にはいつも、酷いことしてる。今だってそうだ、わかってるよ。彼の頭にくちづけを落としながら、そっと優しくなでた。見上げれば小奇麗な店内にはまだクリスマスの飾り付けが残っているから、そのあまりの物悲しさに俺は心底反省する。クリスマスってのは残酷だ。もし俺がモンスターじゃなかったら、こうやってツユキを抱いたまま笑い合ってパーティーを楽しめたかもしれない、なんて、キャラにも似合わず思わされちまうから。

「でも、わかってました」

涙を拭いながらツユキが言った。濡れて光るその指先さえ俺の眼には毒だから、俺も救いようがねェ。こんな気持ちになるぐらいならその雫を舐めとっておけばよかった。俺の邪な気持ちを知らないツユキは、伏目がちにはにかんで、それからようやく俺を見上げた。途端に俺はまた切なくなる。ツユキの笑顔を、ずいぶんと久しぶりに見た気がした。いつもここに来れば、ツユキは何も聞かずに笑ってくれる。俺はそのたびにたまらなく苦しくなって、幸せを実感するんだ。だから俺は胸が一杯になって、その言葉の続きを待てなくて、思わず勢いで、ツユキの口を塞ぐようにキスをした。噛み付くように、といっても歯を立てたわけじゃないけど、いや立てたかったけど我慢して、俺がただでさえ身長の低いツユキに覆いかぶさるようにしてキスしてしまったせいで、ツユキが逆によろめいた。すかさず背中を支えたけど、彼にかなりの負荷をかけたかもしれないと気づいても、もう我慢できなかった。悪いツユキ、俺そんな単純なことすら考える余裕もなかったよ。

ツユキは甘美な味がする。とろけるような甘さが、俺の理性を飛ばさせる。何度唇を重ねても、そのたびに俺は自分の中に潜む獰猛さに負けそうになる。危ないな、これ以上はヤバい。頭でそうわかってはいても、もっと深くまで味わいたいと思わずにはいられない。ツユキツユキツユキ。俺の頭のなかはツユキでいっぱいだ。背中を支え、抱きしめていた腕はいつのまにかツユキの顔を捉えていて、両手でツユキの耳のあたりを抑えながら、俺は衝動のままツユキに食いついた。この表現は正しい。きっとツユキはびっくりしたはずだ。だけど一瞬目を見開いたツユキは、俺を拒絶しなかった。

ツユキは麻薬に違いない、と俺はぼんやりした頭で思う。俺をこんなにダメにして、ツユキのことしか考えられなくなって、とろけるような、幸せな気持ちになる。ツユキ。それで全部。それが今の俺の全てだ。だからようやく唇が離れた頃、俺はもうカッコつけてにこりと笑うこともできなかった。

「…っはあ、ごめん、なにがわかったって」

息を切らせてそういえば、ツユキは真っ赤になってうつむいた。やばい、かわいい、と俺のアホな脳味噌は自らの頬に手をやりながら思うのだから完全にやられてる。喋らないんだったらもう一回ぐらいいいかな。普段なら微笑んで彼を見つめるところだけど、ごめん、ツユキ、俺今ものすごく君が食べたいんだ。ドアを開けてすぐに、この子に逃げてくれと頼まなかったことが悔やまれる。いや、嘘。本当は悔やんでなんかない。

うつむいたツユキにまた口づけて、ゆっくり上を向かせる。鼻の頭に小さくキスをして、おでこ同士をくっつけた。ほんのすぐそばのところで、ツユキの緑の目が揺れる。

「ねえ、なにがわかったの?」

言ってくれないと食べちゃうよ。冗談半分に笑った俺があえて隠した残りの半分は、君にとってはとても有害で危険だ。でもここまですれば、隠す必要もないのかもしれない。熱に浮かされた頭でそう思う。俺は俺を見つめ、目を伏せる君の唇を眺めてる。後の半分は本気だよ、ツユキ。君を食べたくてしょうがない、モンスターの心。今まで我慢してきて、ずっと言えない。そうだろう? 冬、何故俺が消えるのか君は知らない。俺は君に言えてない。

「ツユキ、教えて」

ツユキが俺を見る。ささやかな息遣いさえ聞こえるようだ。教えてと言って、また口を塞ぐこの俺に、ツユキも答えようとしているのが俺には分かった。そんな必死さが愛らしいし、ねえ、ツユキ、俺のことをどんどん君にとって悪いものに変えていくんだ。

冬はこの心が、コントロールできなくなる。俺たちはただの化け物に戻る。
それをツユキは知らない。多分一生知らないままだ。俺は彼に言わないし、言えない。
だから、ただ、潤んだツユキの瞳にまた小さなくちづけを落とした。
ツユキ、俺は君のそばからいなくなる。君を傷つけてばかりだ。ごめんな。

ゆっくりとツユキの前にしゃがみこんで、俺は笑った。本当は泣けそうだ。だけど笑った。両手はしっかりつないだまま。まるで子供扱いだけど、少しの間だけ許して欲しい。俺は膝を折って、床に足をつけた。両手はツユキの手を持ったまま。ツユキは少し驚いたように俺を見つめたけど、俺はそんなツユキに微笑んで、彼を見つめ返す。

「ツユキ、今まで話せなかった話をしよう。君に…言わなきゃならないことがある。もしかしたら、ツユキにとっては聞きたくない話かも」

控えめに頷くツユキは、きっとなんで俺がクソ真面目にこんなこと言うのかわからないかもしれない。俺って今すごく変なことしてるかも。でも、どうしても言いたかったから、彼に伝えておきたかったから、俺は続けた。

「俺はツユキのことを愛してる。心の底から大好きだ。どんなことがあっても君を愛してる。どんなことがあってもだ」
「はい」
「俺がどんな人間に見える?」
「蜂散さんは優しくて、駄目なとこもあるけどいい人です」
「俺はいい人じゃない。モンスターだ。いいかツユキ、君とは違う。根本的なところから全部」
「何を言ってるんですか?」
「自己嫌悪で言ってるんじゃない、君にわかってほしい。俺が昨日何人」

そこまで言いかけたところで急に握っていたツユキの手が離れた。疑問符を浮かべた俺の肩に、ツユキが手を載せる。気づいた時にはツユキの小さく控えめなキスがそっと降ってきて、俺は、優しく、丁寧に降りてきたそれを、ゆっくりと、それはそれは大人しく受け止めた。そのやさしいキスの間、俺は息ができなくなって、そのせいで心臓が痛くなった。胸の奥が苦しい。何かが弾け飛びそうになる。それでも、それが分かっていても俺は息ができない。こんなにも優しいキスなのに、切なくて、苦しくて、泣きそうだ。ねえツユキ、何故だか分かるか? 俺にはわかってる。こんなにも君が俺のことを愛してくれているのに、俺が君とずっと一緒にいられない理由と同じだ。

ちゅ、と短い音を立てて離れる唇。名残惜しそうにそれを見つめて、ようやく俺はツユキを見上げた。ろくに息もできないこの俺に、情けない顔をしたまま、君を見つめることしかできないこの俺に、ツユキは、小さく、くぐもった声で答えた。

「わかってますよ」

その声を聞いた瞬間に、じわりと広がる安堵感。やっぱりツユキは麻薬に違いない。じゃなきゃこんなにも幸せな気持ちに俺がなれるはずがないよ。

ツユキは俺の髪を少しなでて、指で毛先をいじったりして、それから恥ずかしそうにうつむいた後、また俺の首に抱きついた。ふわりとコーヒーの香りがして、俺は思わず受け止めたツユキの首筋に顔を埋める。

「来てくれるって、わかってました」

耳元でそっと囁かれる声。ああ、さっき言いかけたのはそれか。確認なんかしなくても、ツユキの言いたいことが、俺には分かった。





「ブルーベリーパイ、ちょっとだけなら残ってますよ」
「クリスマスなのにブルーベリーパイ?」
「いらないなら捨てます」
「ダメダメ、食べるって!」




どんなに君を愛してるか、君に伝えられたらいいのにと、心の底から思うよ。



2013/12/10(Tue)
ADMIN