ハチルが酒を飲む時は、どうしても飲まなきゃやってられないときだけだと俺は聞いたことがある
それはもちろん本人から聞いた話だけど、そのときすでに彼はぐでんぐでんに酔っぱらっていて真偽のほどは定かじゃあない
俺はある晩突然彼に呼び出されて、黙って彼に引っ張られていって、結局そういう状況でハチルの泣きごとを一晩聞かされる羽目になったのだ まァこれはいわゆる俺の一番隊でのポジションで、
キッシュの世話係もこういう愚痴を聞いてやるのもただ俺が黙っていればいいだけの話なので別に苦労でもなんでもないし、結果思わぬ収穫をすることもある
そう例えば、一番隊のややこしい恋愛事情の中心に立たされているこの男なんか、俺の気になる人第1位だ
滅多に顔を出さないこの男の恋愛の価値観というものはこの俺にすらいまだに見えてこない
だから俺はハチルに声をかけられた時、何の躊躇もなくいつものように頷いておいた
彼の人間性についてちょっとでも分かるかもしれない、運が良ければ彼女、クイン様とのことも。
それはだれもが思うはずの純粋な好奇心と探求心であって、
もちろん俺に彼が好意を寄せているとかそういう話ではない、と、現段階では俺はそう思っている
で、俺が結局なにを言いたいかというと、
まァこの一晩この男と付き合って分かったことといえばたった一つ、彼が極端にお酒に弱いということだけで、
つまり彼は俺が期待していたような愚痴というか秘密というかを全く落としていかなかったのである
もちろん仕事、というかクイン様のバイオレンスな話は聞いているこっちが痛いと感じてしまうぐらいに聞かされたが、
肝心な恋愛ごとに関しては全く収穫なしだった
俺はリヴリーが酔い潰れるところは見たことがあるが、
一番隊の人達はみんなお酒を浴びるように飲んでもつぶれないような驚異の体をしている人たちが多いので、てっきり彼もその口かと勝手に思い込んでいたのだ
これで彼が酒を飲まない理由が分かった、飲んでしまうと呑まれるからだ
はじめの話に戻るが、
そんな彼がどうしても酒を飲まなければならないとき、つまり今のような状況は「どうしても飲まなきゃやってられないとき」なのであった
彼は「どうしても飲まなきゃやってられないとき」には翌日の酷い二日酔い覚悟でついに酒に手を出すのである
それもこうやってぐでんぐでんに酔っぱらって、まるで記憶を人為的にぶっ飛ばそうとしてるみたいに
普段飲まない男の飲み方じゃない、というのが俺の第一印象だ
この男実は死にたいんじゃないかと俺はぼんやり思ったものである
「そんなに飲んで大丈夫ですか?」
俺がたまらずにそう呟いても、カウンターにブッ潰れた彼は相変わらずしくしく泣いているだけで、
もう口も開けないぐらい尋常じゃない精神状態なんだろうなと思うだけで俺にはどうすることもできない
お酒を飲むと上機嫌になって歌い出すクイン様、貴方のテンションとは天と地の差です
そんな中で飲む酒も、全くこっちがいたたまれなくなるほどのまずい酒のように感じた
そこに突然現れたのが、ええと、その、キャスケットである
「おっ、ロムじゃねェかァ何やってんだァ?」
「キャスケット…?何故ここに?」
「ハチコが遅ェからもしかしたらここで潰れてんじゃねェかと思ってよォ」
この男、どこまでハチルに対して過保護なんだ
カウンターの上のぐったりした男の後頭部を乱暴に掴むなり、彼は溜息をつきつつ、やっぱなァと呟いて見せる
彼の言葉に疑問符を飛ばしつつハチルの顔を覗き込むと
酷く無造作に髪の毛を掴まれているのにもかかわらず、彼は死んだように動かない
さっきまですすり泣きを響かせていた彼は泣きつかれた子供のように瞼を閉じてしまっていた
「寝ちまうんだよこいつ、ワンワン泣き出した後はあっさりな」
ぱっとキャスケットが手を離すと、ハチルの頭がゴッと鈍い音を立ててカウンターにぶつかる
痛そうなその音に俺が目を細めている間に彼はぐちゃぐちゃになってしまったハチルの髪の毛を撫でつけつつ、
隣のカウンター席に座りこむとご丁寧にも詳しすぎるハチル解説を披露した
「つぎ目ェ開けた時には記憶がトンでる。今夜だけか、先週全部か、酷いときには一ヵ月分。それぐらい体に負担掛けるんだ、異常なほど飲んだろ、今日も」
今日も、か
やはり彼にかかる精神的な負担はそれほど大きいものなのだろう、酒に弱い彼が酔いつぶれて動けなくなるまで「飲まなきゃやってられない」状態というのは。
恋愛術にたけているからこそ数々の修羅場を引き寄せては回避しているのだと思い込んでいたが、所詮彼も愛に振り回されている一人の男であるわけで
クイン様と彼の間に昔何があったのか、それは俺も詳しくは知らないし、こういう状態になった彼を目の当たりにした以上知りたくもないとさえ思える
不幸だ
生まれ持ったどん底の女運、もはや不幸としか言いようがない
動かない彼の後頭部を何となくいじっていたキャスケットの手つきは今はもう完璧に父親が息子にするそれに変わっていて、
俺は眼を細めつつ、愛おしそうに撫でられても微動だにせず、されるがままになっているハチルを見つめた
「で、ロム君なにしてんの?ハチコに誘われたの?」
「…あぁ、…いえ……彼に付き合えば…その、クイン様とのことが…分かるかとおもって…」
突然振られた話題に俺はつい本当のことを口走って、あ、と口を開けたままキャスケットを見つめた
普段ならニヤニヤと意地汚い笑顔を浮かべたハズのこの男は、意外にもそっか、とつぶやいたきり押し黙ってしまって
「それさ、…本当に知りたい?」
キャスケットがハチルを撫でながらそう呟く
こいつがこうなった理由を、本当に、知りたい?
ハチルの眼は開かないまま
泣いていた彼の涙のあとは乾かないまま
彼の心の中は誰も知らないまま
「いや…………きっと知らないほうがいいのでしょう……俺にとっても、彼らにとっても」
目を伏せたままそう呟いた俺の頭の中に、ぼんやりと彼女のことが浮かぶ
彼をここまで追い詰めた原因は、きっと彼女をも追い詰めているのだろうと何となくそう思った
だからこそ彼は彼女を責めないのだと
だからこそ彼は彼女のもとから逃げ出さないのだと
ただなんとなく、俺にはそう思うしかなかった
真夜中3時のトラブルトラベラー
(あの子の腕の中はきっと心地良い訳じゃない)
無駄な長文なうえに意味が分からないのはロムくん仕様です ハチコも飲む時は飲むんだろうなと