「邪魔するぜェ」
その言い方じゃ、まるで僕が貧乏なおうちに住んでるかわいそうな子供みたいじゃないか
ブラウン管の中でよく見かける悪い人みたいな声を出して現れた彼をみて
僕はぼんやりとどうでもいいことを思った
「おかねならありませーん」
「全くノリのいいガキだなお前はよォ」
僕の棒読みの返事にキャスケットは呆れ交じりに頭の後ろを掻いてみせる
目に痛いぐらい鮮やかな青い髪が短く揺れて、僕は思わず目を細めた
「なにしに来たの?」
「俺がこんな辺鄙な場所に来る理由なんざ一つしかねェことぐらい、お前知ってんだろが」
「ハチコならいないよ」
はやく帰ってよ、僕がモンスター嫌いなの知ってる癖に。
あっさりと教えてやった答えはキャスケットをちょっとの間だけ固まらせた
怒ったかな、と思った次の瞬間には彼はげらげら笑い出して、
僕は一人楽しそうな彼を思い切り嫌な顔でみつめる
ほらこれだからモンスターって嫌いなんだ、まるで意味分かんないじゃないか。
「そんなに毛嫌いすんなってェ!!なァなんでハチコはよくて俺はダメなんだァ?鯉壱ちゃんよォ」
ひとしきり勝手に笑い転げた後
ひぃひぃ言いながらお腹を抱えたスズメバチはなれなれしくも僕の肩に手を回す、
僕はモンスターってみんなこういうセクハラな奴ばっかりなのかなと少しばかり絶望してから
肩に乗っかった重たい手もそのままに、どことなくいつものスズメバチと雰囲気のよく似た別の男を見上げる羽目になるわけで
「僕ハチコはいいっていったことないよ」
「へェそうかい、でもお前、実際あのバカ釣ってんじゃねェかよ」
「(つってる?)勝手に絡んでくるんだよ、ちょうどこういう感じで」
性質悪いよね、モンスターってみんなそうなの?
嫌みたっぷりの一言を付け加えてみても青い髪の彼はははァんそりゃお前いわゆるツンデレだなとか勝手な言葉を浮かべてニヤニヤと口元を緩めるばかりでお話にならない
だから僕はセクハラまがいの行為といっしょに、自分に都合のいい無駄にポジティブな解釈で人の話を聞かないという特徴もモンスターのそれとして分類することにした
ため息交じりにテーブルを見つめれば、
その上にはこの男が現れなければじっくり堪能できたはずの美味しそうなケーキが淹れたてのミルクティーといっしょにちょこんと行儀よく僕のことを待っていて、
それだけでなんだかこの男を殴りつけたくなる、もちろん、もちろん思うだけ。
「ねェ、本当は何しに来たの、キャスケット。ハチコがいないのは知ってたんでしょ」
君が来るのはいつだって、ハチコがいない時だけだもんね。
見つめた先の彼は困った様な笑顔だけを浮かべてみせるけれど、
それがあまりにもハチコと酷似しているから僕は一瞬めまいに似た混乱を覚えるほどで
やめてよ、その顔、その表情、僕は知ってるんだ。
「『聞かないで』、っていう顔だ」
ずるりと重たいキャスケットの腕が、漸く僕の肩から落っこちる
僕が彼をじっと見つめたままでいるのに、彼は小さく溜め息をついてから静かに首を横に振った
「いや、違うね。これは『言えない』って顔さ」
キャスケットがそっと呟いて、その目がわずかに細められる
僕にはその言葉の意味が分からない、もともとモンスターの話なんて僕らには理解できないのかもしれないけれど
「一緒じゃないか」
「一緒なもんかよ。全然違うぜ」
鼻で笑って見せる彼に、いっしょだ、と僕は思う。
ハチコとキャスケットがどんな関係なんだか僕は知らないし、モンスター同士のドロドロした歪な関係なんて一生知りたくもないけれど、
でも確かにこうやってキャスケットが時折見せる表情は、確実に、ハチコのそれと一緒なんだ。
「ねェ、」
考え事でもしているのか急に大人しくなったキャスケットに僕はおずおずと話しかける
ちらりと僕を見下ろすその視線はもうハチコみたいに優しいものじゃあなかったけれど、
「モンスターってみんな似てるの?」
それとも、キャスケットとハチコが似てるだけ、かな?
僕の皮肉たっぷりの質問は確実に聞こえているハズなのに、今度のキャスケットは表情一つ変えなくて
それでも吐いたかどうかわからないほど小さな息を短く吐いて、ただ曖昧に首を傾げてみせた
彼らの中身と秘密について
(けつろん、ぼくはふみこむのはきけんだとはんだんした)
キャシーはたまに鯉壱のとこにきてたらいいなって言う妄想 彼はハチコの味方なので、鯉壱に怖いことはしない たぶん