「なぁ鯉壱、プレゼント何が良い?」
鏡に向かっていつもの寝ぐせをどうにかこうにか撫でつけようと奮闘しているハチコを見ていた僕は
唐突な質問に首を傾げて疑問符を飛ばした。え、なに?よく聞こえなかったんだけど。
ハチコはぽかんと口を開けてから、鏡越しに僕を見る
それからバツが悪そうに開いた口をきゅっと結んでから、目をきょろきょろさせた。言葉を選んでいるようだ。
なに?そんなに大事な話だったの?僕は思わず顔をしかめながら、それでもハチコの言葉を待っていたけれど、
彼がしまいにはゆるゆると首を振ってなんでもない、を繰り返すから僕はがっくり来てしまった
はじめに言ったことを言えばいいだけの話じゃないか。僕はそう聞いてるんだから。開きかけた口をやっぱり閉じて、ハチコのまねをして僕も頭をゆっくり振った
これは、ハチコがお手上げっていう時にやる癖だ。僕の前ではしょっちゅうしてる。
「わたくしはもう準備なさってよ!」
キッチンから嬉しそうににっこりした緑露ちゃんが顔をのぞかせた
だから僕は改めて緑露ちゃんにハチコが答えられなかった質問を投げてみる。
あくまで、今度は、さほど気にしてないみたいに、さりげなく。
「何を?」
「プレゼントですわ、鯉壱サマのお誕生日プレゼント」
あぁ。
僕はまた首を振った。なんてこった。誕生日だ!
頭を振り振りうめいている僕を見たハチコは慌てて緑露ちゃんに人差指を口の前に立てて見せる
鯉壱!もう少しなら時間があるぜ!!―ハチコの優しさってたまに裏目に出る。
「ぼく誕生日嫌いだな」
僕が世界中のモラトリアム人間の代表みたいなもったいぶった口調で言ったので、
緑露ちゃんはくすくす笑いながら手にしていたマグカップをひねくりまわしだした
「そうでしょうとも」
誕生日、たんじょうび。
ハッピーバースデーと言って貰えるのはとびきり嬉しいけれど、床から3cmは飛びあがれるくらい嬉しいけれど、
でも一年でこの日ほど時の流れを感じる日ったらない。
また一年が過ぎてしまった。過ぎて行ってしまった。そう思うと全身血の気が引いていくようで、今すぐこの場でぶっ倒れてしまいたい気分になる
歳をとるのって、大人になるのって、僕にとってはそれぐらい恐ろしいことだ
もちろんそんなこと、お祝いしてくれるみんなには口が裂けても言えない。言えるわけがない。
「プレゼントね」
話を元に戻そう、と僕は思った。ハチコは僕に誕生日プレゼントは何が良いかって聞いたんだった
「ピストル」
「は?」
「プレゼントさ。弾も要るね。6発」
間髪いれずに呟いた僕の言葉に、おいおいおいおい、ハチコの口が声にならないままそう動いた。
弾6発?ロシアンルーレットで遊びたいなら言っとくが、100%死ぬ数字だぜ……何故かフリッカの声が僕の頭の中でぼんやり響いた。
僕はうんざりしたように呟く。
「嘘だよ」
「当然だろそんなプレゼントあってたまるか!」
僕は冷汗を飛ばしながら喚くハチコをぼんやり見ながら、誕生日プレゼントにピストルを受け取るところを想像した
赤いリボンを開くと、ぴかぴかに光った偽物みたいな本物の銃がある。
僕はそれを持つ。丁度いいくらいに重たくて、ひんやりしてて、ハンドクーラーに最適だな、と僕は思う―
「そんな物騒なもの、ヘタレハチコには購入すらままなりませんわ」
マグカップをひねくりまわしながら緑露ちゃんはまた笑った。
ピンク色のマグが上にあがったり下にさがったりする
「そんなことねェよ!」
「あら、良い子の蜂散ちゃんは銃が何か御存じない?ぴかぴかで黒いんですのよ…引き金を引くと弾が飛び出すの。…分かる?」
「緑露てめェええぇえ!!」
明らかにとぼけた顔でハチコを挑発する緑露ちゃん、そう言う緑露ちゃんは何処で銃を買うのか知ってるんだろうか?どんな銃なら僕らを一発で仕留められるのかも…
そういう物騒な想像はしないほうがいいんだっていうことに、僕は緑露ちゃんなら痛みも感じさせないまま僕を殺してくれるだろうと思ってから漸く気がついた。
引き金を引く緑露ちゃんの手袋に包まれた細い指。
撃たれた場所から広がる綺麗な僕のピンク色の血。
そう言う最後なら、きっと死ぬのも悪くない。
誕生日の話をしている中で一人自分の死に際のことを考えていた僕は、
ひねくりまわされつづけていた緑露ちゃんのマグカップをぼんやり見つめていただけだった。
ハチコも緑露ちゃんも楽しそうにぎゃんぎゃん騒いでいるけれど
この間にもぼくはまた少しずつ大人になっているというわけなのだ。ああ嘆かわしい。
誕生日って憂鬱だ。
だからこそ、この日はみんなからお祝いされるのだ。ネガティブになりすぎないように、楽しいパーティーをして。
お祝いされない誕生日って最悪。考えたくもない。
でもまぁ僕には誕生日を祝ってくれる大好きな人たちがたくさんいるから、今年もそんな最悪の状態を免れてる。
その点では、ヘタレハチコが僕の為に拳銃を買ってこようがそれが出来まいが僕にはどっちだってよくて、
最悪の日にそばにいてくれるその行為が大事ってことになる
「鯉壱?結局何にすんだよ」
「なあに?」
「だから、プレゼント」
もごもごを繰り返すハチコに、僕はゆるりと微笑んだ
「プレゼントなんかいらないよ」
僕は今年も最悪の日にさよならをすることにしたんだ
おとなになりたくないとだだをこねる18さい