手にした灰皿をその辺にぽいと投げ捨てれば
ハチルの返り血の後をつけながらそれはごろごろと部屋の隅まで転がって行った
もちろんこの灰皿は腐れ親父キャスケットのだ、こいつにはタバコなんて吸わせない、酒だって飲ませない
あたしはうつ伏せになったハチルの体を仰向けにひっくり返す
「…相変わらずいい顔してんなてめェ…」
血の付いた頬から鮮血を指先でぬぐう
そのまま指先を舐めれば、ハチルの血はあっという間に口の中に広がった
「味も最高…だからてめェは手放せねェんだよハチル……」
気絶して目も開けない彼の上に馬乗りになって、その唇に自分のそれを重ねる
生暖かいままの体温、無理やりこじ開けた口に舌を入れてあたしはハチルに吸いついた
意識がない彼の舌先は絡みついてはこないけれど、それでもよかった
やっぱりここで犯しちまおうか。生唾を飲んで見下ろした彼の胸に押し当てた手のひらから彼の鼓動が伝わってくる
勝手にいなくなって、あたしから離れて行って、一人でぬくぬくと生きて居やがった
あたしがどんな思いでお前を探してたかも知らずに
そう思うと今すぐこの鼓動を止めてしまいたい衝動にかられて、
あたしは思わず両腕を動かないハチルの首へと伸ばす
それでも眠ったようなハチルの顔はあたしの求めていた全てで、両手に力がこもることはなかった
「…チクショウ……」
一瞬細めた目でぎこちなくハチルの首から手を離す
ほどいた手は力なく乱れたハチルの前髪を掻きわけた
ずっと求め続けていた男を漸く自分の中に取り戻したっていうのに、あたしの心は全然すっきりしなかった
いつまでもハチルの頬に手を添えて、その目がうっすら開くのを期待した
自分で殴って気絶させておいて、あたしはハチルが笑ってただいまを言うのを期待していた
あたしは自分勝手だ
いつの間にか細めた眼が、かみしめた唇が、握った拳が、初めからそう言っていた
あたしはいつだってお前の優しさに甘えてた
「………………………………」
握った拳が行き先を見失ってそのままだらりと力をなくす
ぶつけられない感情の整理を、お前は一体どうやって、
器用なハチルのことだから、バカなこいつのことだから、
あたしと同じように行き詰ってもがいてて欲しいって、そう思うのもあたしの傲慢なわがままだ
目を閉じたままのハチルの口が、あたしのキスで濡れていた
あたしが色を抜いたハチルの前髪が、血で赤く染まっていた
でも、それでもいい
それでお前があたしのものになるなら、それでもいいんだ
ハチルがあたしを嫌おうと、ハチルがあたしを愛そうと、
あたしはそれでもお前をそばに置いておきたいんだから
手袋の下、右手の薬指につけたあたしの歯型
するりと手袋は抵抗もせずに取り払われて、あたしはあたしがつけたしるしを何度も何度もそっとなぞって、
ハチルは何も言わない、あたしに微笑みかけもしない
それでもしるしは確かにあって、あたしはこの男を愛していて
「…てめェだけは絶対に逃がさねェよ……ハチル…」
呟いた言葉は彼には届かない
ただただ静寂が重たいこの部屋の中で、あたしは一人微笑んで大好きな彼の唇を再び奪った
気絶はちこ…きっとなんかこう…クイン様ががっといってばたっと一発で気絶させられたとおもわれる プロの犯行