「ハチル」
呟かれたのは紛れもなく自分の名前
俺は少し返事を返すがどうか迷ってから、結局小さくあぁ、といった
彼女は俺の腕の中でその声を聞くなり嬉しそうに微笑んで、その笑顔がまた俺をちくりと刺す
やっぱり、わかんねェ
お前のことがわかんねェよクイン
クインはしばらく俺の前髪を指絡めたりしながら大人しくしていたけど
動けない俺の首にするりと手をまわしてまるで幼い少女のように微笑んだ
こうしてるだけなら、彼女がこうしてるだけなら俺たちは他人から見れば幸せそうに見えるに違いない
それでもやっぱりクインはそれだけじゃ満足できなくて俺の首筋に思い切り噛みついてきたから
もう俺も慣れたものだ、その痛みに顔をしかめることもなくただぽんぽんと彼女の頭をなでた
ぶつり、彼女の牙が俺の肌を割いて
どくり、血管が波打つ音だけがやけに大きく聞こえる
すぐそばでクインが俺の血を舐める音がしているはずだけど都合よくミュート、できたらカッコいい
俺はクインの綺麗な金髪に指をからめて、そのまま引き寄せて顔をうずめた
首をかたむけるときに首筋に痛みが走るけどクインが傷を舐めている間はそんなに痛くない
彼女の温かい舌の感覚が俺の肌を滑るたびに、俺はただぼうっとしてしまって
その意識を呼びもどすように、首の後ろに回された彼女の細い指が俺の髪を掴んで離さない
「こっち見て」
かけられた声にぼんやりと視線を動かす
クインの口元は、もちろん俺の血で赤くなっていて、
それが滑稽なことにしか思えない俺は思わず小さく微笑んだ
「っ、!」
どくり、また血管が委縮して、俺の血がじわりと傷口からあふれ出す
その痛みに俺は思わず顔をゆがめて、その隙にクインは俺の唇にかじりつく
口の中一杯に気持ち悪くなるぐらい鉄の味が広がってそれが自分のものだと思うと余計吐き出しそうになる
それでもクインの舌がそれを許すはずもなく、結局クインが俺の口内を貪っている間、俺は自分の血管が脈打つたびに傷口の痛みに耐え続けた
漸くクインが唇を離したときには俺はもう肩で息をするほどになっていて、傷口から流れた赤い血は想像したくもない有様だったに違いない
というのは、痛みに耐えきれなくなった俺はクインが離れたと同時に彼女の頭を傷口に押し付けたからだ
クインは満足そうにまた流れ出す血を綺麗に舐めとっていき、濡れた舌で舐められている間は俺も痛みを感じない
あぁ、俺達っていつまでたってもどこまでいってもこんなぎりぎりの綱渡りみたいな関係から変われないんだろうね
君は俺を傷つけては求めるけれど俺も君を求めずにはいられない、
だって君がいないと俺はずっとひとりで痛みを背負っていかなきゃいけない、
俺はそんな強さも度胸もないんだ、クイン
ぼんやりとそんなことを思いながらかすんできた視界にゆっくりと目を閉じれば、クインがそっとつぶやいた
「ハチル、寝るの」
あぁ、そうさ、きょうはちょっと疲れ気味でね
そう呟こうとしたけど、残念、判ってる、
本当は血の流し過ぎ。気絶するのさクイン、情けないだろ
遠のく意識の中で俺はクインの髪に最後の口づけを落として曖昧な笑顔を残してからそうっと意識を手放した、
この耐えられない関係で、ねぇ、どっちが先に脱落するかな、クイン
モザイク・トピアリー
( そうまさに、酷く曖昧で吐き気のする未来さ )
出血多量死 ぐったりはちこはかわいいです たべたい がじがじ