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「もうすぐ誕生日なんだ」
嬉しそうにそういう受話器の向こうの彼女の声に、俺はただのんびりとその場でほほ笑みを浮かべた。
「そしたら、8歳だよ」
「わー…俺と20歳差?勘弁してよ…、」
「あはは、おじさんだ~」
「ったくやめてくれよー…まだまだ花の20代だぞ、お兄さんって言ってよ」
楽しそうな声、俺は肩をすくめながらもその声を聞くのがなんだかうれしくて、微笑ましくて、
きっとこの子から幸せを分けてもらってるんだろうなァ、なんて、俺らしくもなく一人で感傷に浸ってみたりしながら
「わたし、本当に弥太郎がお父さんだったらって、たまにおもうよ」
彼女のその言葉にふっと目線を下げた
視界に映る色は全部白
むなしくなった俺は窓の外へと視線を向ける
鉛色の空、どんより漂う雲の色は、灰色だ
「今になってはもう、だれがお父さんでもいいのかもしれないね、わたし」
驚くほどあっさりと、彼女の声は乾いていて、
それでもその顔は見えないのだから俺の心はずきりと痛んで仕方ない、
でもそれは、きっと同情に近い。それを知ったらこの子はどう思うだろうか。
「わたしは誰がお父さんでもいいんだけど、おかあさんもいっしょかな?」
「………また難しい質問だ」
「簡単だよ、答えはイエスだ。わたし知ってるの。だからおとうさんはすぐかわるんだよ」
また、そうつぶやく彼女の声はとびきり乾いていた
あぁ、俺も知ってるんだ。彼女の乾いた声は、ホントの想いじゃない、一般論、彼女が自分を守るために張った防御壁だ
それでも俺は何も言ってやれなかった
なんていったらいいのか、そんなこともおもいつかない
「だから、わたし、弥太郎の子供になろうかな」
ふわり、いとも簡単に彼女は言葉を吐く。
それが他人にどういう影響を与えるのか、彼女はまだ知らない
「俺が里壱ちゃんのパパになったら、里壱ちゃんは今よりもっとさびしいかも」
少し考えてから、俺は噛み砕くようにゆっくりとその言葉を放った。
え、と彼女が息をのむ声がして、閉じた瞼の裏には彼女が首を傾げる様子が浮かぶ
「どうして?」
「パパはいつも真っ白な病室だからさ。お仕事はパソコンでできるけど、娘の相手はパソコンじゃできない」
そっとつげて俺は眼を伏せる
だから、家族なんか俺は欲しくても持てないんだよ、
そうやって本音をぶつけたところでこの子にはきっとまだよく分からないだろうからおれはそのまま口をとじた。
でも、と口ごもる里壱は、純粋に探究心でものを言う。
「それなら、真っ白な病室にいる弥太郎は、さみしくないの」
「さみしいよ」
おれはふっと息を吐いて続ける
「死ぬほどさみしいんだ、里壱ちゃん」
だからきみからの電話を今もこうやって手放せないでいる
俺にとってのきみという存在も、きみが俺に与えた影響も、まだ幼いきみは何も知らないんだろうけど
俺も、きみみたいに自分の中いっぱいになった不安や恐怖を冷静に整理できるぐらい強かったら、
そしたらきみのこと迎えにだって行けるのにね、そんな風に考えてしまうんだ、
「俺ってすっごくちっちゃいやつなんだ」
きみの相談にも乗ってやれなくて、淡々と自分の不安を整理することもできなくて、
いつかきみに干渉しすぎて抜け出せなくなるなんて、そんな自惚れた考えまでしてる
きみにとっては、俺も他の父親と同じただの赤の他人なんだろうけど
俺にとってはもうそんなことどうだって良くて、結局は、俺は俺の都合のいいようにしか生きていけない
ぎゅうぎゅうづめになった頭が割れそうなほど悲鳴を上げて、俺は震える右手で携帯を押しつけた、
彼女とのつながりを切ってしまいたくなかった
最後まで自分勝手な俺に、スピーカーの向こうの里壱はちいさく、一言だけつぶやいた
「わたしといっしょだね」