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2026/06/26(Fri)
ADMIN
ある肌寒い秋の日、天気は雨、彼は死んだ。
はすみと里壱

無彩色のなか見下げた視線の先で彼女の頭のリボンだけが赤くはかなげに風に揺れた
彼が死ぬことはもうずいぶん前から判っていたのだ、だからいまさら泣きわめいたり暴れて見せたりする人もこの喪服の連中のなかには見当たらなくて
あたしはもう二度とこの棺桶の中から出てくることもねェ大好きだった彼に小さくため息を吐き捨てる
最後までこいつはこの子を悲しませるつもりか
死ぬなら死ぬにしても、目の前で震えてたあの小さなガキに対する償いはいくつでも見つかっただろうに
そうやってどれだけ恨んでも、もう弥太郎は帰ってこない
そんなことは判り切っているんだ、だけど
ぐるぐると思考が渦巻く
あたしのちっぽけな感情を支配するのはどれもこれも悲しくなるぐらい綺麗な弥太郎の笑顔で
ちくしょう、あいつは死んでからもあたしを苦しめやがんのか
あたしも、この子も、弥太郎、死んだはずのお前なんかに苦しめられてる

「りいち、行こう。」

思わずあたしはそう呟いて、あたしと同様棺の前で固まっていた少女の手を柔らかく取った
もうこの子に弥太郎は必要ない。弥太郎は、もういない。
あたしが、あたしがこの子を守らなければならない。
大人しく右手をひかれたりいちはぼんやりと定まらない視線であたしを見上げた
あたしが顔に浮かべた精一杯の笑顔は、りいちの瞳にはどういう風に映ったんだろう

「ねェ、はすみ。弥太郎はどこに行くの?」

落ち着いた、いつもの声で少女は言った。
あたしは不甲斐なくもその場で泣き出してしまいそうになって、強く唇をかむ
あぁそうか。
この子はあたしなんかよりもずっと、弥太郎を理解してたんだ
この子を守ろうだなんて、あたしは何を勘違いしてたんだろう。

「さァな。あんなサイテー野郎のことなんかしらねェよ」

きっと地獄だ、だってこの子をこんなくだらない世界にひとりぼっちで置き去りにしたんだから

「はすみ、泣いてるの」
「馬鹿だなァりいち、嬉し泣きだよ嬉し泣き!お前もあいつのネトゲ廃人っぷりにはうんざりしてたろ!」

あたしの精一杯の言い訳も、この子はいつも通りゆるりと柔らかい微笑みで受け止めて見せて
ますますあたしは泣きそうになる、この子は、この子は、

「…私、弥太郎が好きよ」
「…………………………」
「今までも、これからも、ずっと弥太郎が好きよ」

あァ、この子は、彼が死んだところで、まるで気にしちゃいねェんだ
八野木弥太郎という男が生きていようと、死んでいようと、この子には関係ないんだ
今までと同じ、この子の中の弥太郎は永遠にこの子の中からいなくなりはしないのだから
柔らかく、それもいつもと同じ
りいちはそうやって生きているんだ
周りの環境のめまぐるしい変化に対応するために、この少女は、心を、失くしたんだ。

あたしが漸くそれに気付いた時にはりいちはまたいつもの通りゆるりと笑って
それからあたしの手をひいて、黒い人の波を掻きわけて室内を抜ける
外は、雨。少し肌寒いくらいの鉛色の空。
しとしとと降るその雨に彼女はどこはかとなく嬉しそうに自分の小さい傘を開いた



2010/09/29(Wed)
ADMIN