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2026/06/20(Sat)
ADMIN
「やぁ鯉壱」

しとしとという雨音を、突然その声が遮った
雨にぬれて涼んでいた鯉壱は、顔をしかめて振り返る
黒い大きな傘をさして、彼はそこにたたずんでいた
長身に黒いスーツをまとった彼の姿はまるで

「お葬式にでも行ってきたみたい」
「あぁ、そうだね、ハズレじゃない」

へらりと笑う彼に、鯉壱は目を伏せて静かに言う

「帽子はどうしたの?」
「今日はかぶらない日なんだ」
「これから、行くの?」
「行くってどこへ?」

お葬式さ
鯉壱がぽつりとつぶやいて、彼は嬉しそうに口角を持ち上げた

「せいかい」

しとしとと降る夏の雨はあっという間に強くなる
湿気で暴れる髪をいじりながら、彼は微笑をたたえたまま鯉壱を見つめた
彼の視界にうつる小さな少年は灰色の空を見上げて、溜息をつく

「明日は、」
「明日は僕の日だ」

傘を持ちかえて彼はそう嬉しそうにつぶやく

「だからきみのとこへ来た」
 
彼の茶色くウェーブのかかった髪を見るともなしに見ながら鯉壱は笑う

「ニックがぼくのところに来る理由なんてそれしかないって知ってるよ」

しばらく、間が空いた
鯉壱が少しうつむき加減に見つめる地面で、しずくが土に吸い込まれていく
彼はポリポリと頭をかくと、諦めたように呟いた

「そう、か」

彼の黒い傘にしずくが跳ねる
少しだけ乱暴になった雨がいけにぴしゃん、とおちた

「……鯉壱、いくつになった?」

突然彼はそう聞いた
鯉壱の表情がこわばる
あの日の夜も、彼はそう聞いた
決まって彼は、そう聞くのだ
答えない鯉壱に彼は傘を肩にはさみ、両手の指を折って数え始める

「15…16…17・8…もうそんなになるのか、はやいね」
「っ…」
「そんなに怖がるなよ、もうきみには興味ないんだから」

あの夜に君は十分僕を満足させてくれたからね
微笑む彼の顔から視線を外せない
ひきつった顔のまま鯉壱は震える声で呟く

「あ、した、も、?」
「あぁ、でもきみは最初で最後。明日は僕の好きなようにするさ」

嬉しそうに笑う彼が、こわい
あぁ、そんな顔するなよ、困ったように彼はまゆをさげた

「大丈夫かい?」
「……う、ん」

彼は微笑んだままそう、と一言つぶやいて大きな傘を持ちかえた
黒いスーツ姿が背を向ける

「じゃあ、もういくよ。大好きだったあの子にお別れを言いに行かなきゃならないから」

あぁ、まただ
彼は綺麗な笑顔で平然と嘘をつく
まるで何事もないかのように
その子がいたこと自体が嘘だったみたいに

「じゃあね鯉壱、また会おう」

彼はそう言って微笑み、踵を返すと霧のような雨のなかに消えていった
あとには優しく微笑んだ彼の笑顔が痛く心に残っただけで
鯉壱はため息すらつけないほど頭がぼうっとして
パシャパシャ降り続ける雨のなか静かに地面に横たわった

「また、か」

もう2度と会いたくなんてないのだけれど
それでも彼は来るだろう
いつものように微笑んで

「………括りつけられたネズミみたいだね」

誰にともなくつぶやいた鯉壱の声は雨音に静かに溶けた




 
僕、あの人すきじゃない だってあの黒、涙の匂いがするんだ。




2010/08/12(Thu)
ADMIN