ごちゃりとつまれたラッピングの山、蜂散はそれをしばらく複雑な気持ちで眺めていた。
色とりどりカラフルなそれはもちろん、蜂散の”彼女”から贈られたバレンタインのチョコレート。
こんなに愛されてるの俺、ちょっぴり感動の余韻に浸っているあいだに、去年の嫌な事件を思い出してしまったのである。
それは昨年の2月14日バレンタインデー。
いつものようにチョコレートに囲まれて幸せで、というか彼女たちの愛に囲まれて幸せで、
のんびり悠長に、ホワイトデーのお返しは何が良いかななんてぼんやり考えてしまうほど蜂散の脳はマヒしていた。
そこに運悪くやってきたのはクイン。
なんだよ、コレ?と笑顔で聞かれたかと思ったら、言い訳どころか返事さえする前に顔面から強烈なパイ投げを食らったのである。
あのときのクインの表情ときたら思い返すのも恐ろしい。
しかもあのパイ、女王様お手製とあって殺傷能力が半端なかった。
ヒチハの治療室、もとい実験室に幽閉されて、治療という名目で得体の知れない液体を投与されたり、とにかくあちこちいじられまくっておもちゃのように扱われたのだ。
まったく、酷過ぎる。
一番隊に入ってから今までの女運の悪さがさらにどん底こすっているような気がするが、
特に毎年のバレンタインデーは蜂散にとっては一種の恐怖の対象でしかなくて、
男から貰ったものを友チョコだと言い訳するのは簡単だが、女から貰ったものを友チョコとは定義しないのがクインである。
今年はさっさと胃袋に納めてしまうに限る、そう思って一番上の可愛らしいハート柄の袋に手をかけた、
その時だった。
「美味しそうね、ハチル」
「!!!」
びくりと身を震わせて声の方を見れば、なんということでしょうそこにはにこりと笑うシンクの姿。
性質の悪い女に捕まってしまった、
そうハチルの脳が判断した瞬間にはシンクは彼の隣に立って、ハチルがあけかけていた袋を取り上げていた。
「”蜂散へ、トリュフを作ってみました、よかったら食べてね”…ふーん、カードまで添えてある。これって本命?」
「そ、そんなの俺が知るわけねェだろっ!返せよ!」
「ハチル、かお、赤いよ」
「!」
くすりと微笑んでカードを読み上げるシンク、ハチルは目を見開いて慌てて抵抗するも、彼女はいとも簡単にその上げ足をとる。
ハチルったらかわいい。そうつぶやいて彼女はふふっと笑った。
「去年酷い目に会ったのに、まだ懲りないの」
「だから、クインには言うなよ」
「クイン様、ハチルのことすごく好きだから。私がいいつけたら、今度はきっとパイ投げじゃ済まないよ」
ハチルの抵抗にくすくすとほほ笑みながらそんな恐ろしいことを言い出すシンクに、
ハチルは困ったように顔をしかめた。
この女の性格は知っている。俺が一番苦手なタイプ。
「どうすりゃいい」
ぼそりとつぶやけば、シンクは微笑んだまま、目線だけをハチルに向けた。
どくり、心臓が嫌な音をたてて、ハチルの眉間のしわが深くなる。
「楽しいことしよう、クイン様にはナイショで」
ぞくぞくするでしょ?
微笑みながらシンクがそう呟いた。
ハチルには嫌な予感しかしなかったが、クインにバラされたらロクなことにならないことはわかっていた。
シンクの手がハチルの首に伸びて、ハチルは抵抗もでき無いうちに大人しくシンクの腕の中で黙ったまま。
「お前クインにバレたら殺されるぞ」
「ふふ、それはハチルも一緒でしょ?」
あ、ハチルはクイン様のお気に入りだから、死ぬより痛い目に遭うかもね
笑って呟く彼女の声は酷く優しく妖艶で、
一瞬静かに目を閉じたハチルはされるがままに彼女の唇を受け入れた。
バレンタイン・ウォーズ
ハチコのバレンタインは毎年こんな感じですもてる男はつらいね