「りょくろちゃーんお水が入ったー!」
がしゃがしゃと騒がしい音がキッチンから響く。
鯉壱お気に入りのクッションを両腕に抱えて、鯉壱お気に入りのソファを占領しつつ、
寝ていた蜂散はその音にむくりと起き上った。
目をこすりながら重たいまぶたを持ち上げると、まぶしい午後の光がちかちかと視界を刺す。
それがまぶしくて目を瞬かせながらあくびまでして、うーっと唸りながら思い切り伸びをした彼の視界に、きらりと日光を反射させる鏡が見えた。
うわ、酷ェあたま!寝ぐせでぐちゃぐちゃになった頭を直そうとして手を伸ばせば、
その途端キッチンからひょこりと顔をのぞかせたのは水滴だらけの手を突き出したままの鯉壱で。
「さっきからなにしてんの~?俺きのう寝てないんだから寝せてよ~」
「ハチコタオル持ってない?」
「タオル?えーっと、タオルね…」
「ハチコの服で拭いていい?」
「はっ!?ちょ、つめてっ!!鯉壱ちゃん!」
疑問に疑問で返されて、しまいには自分の服で濡れた手を拭きだす鯉壱に、
寝ぼけた頭も半ば無理やり冴えて、慌てて蜂散は鯉壱から逃げるようにソファから転げ落ちた。
大げさな彼のリアクションに、主犯である鯉壱がけらけらと笑いだす。
笑いごとじゃないでしょう鯉壱ちゃん、そう言いながら立ちあがった蜂散は、
鯉壱の手形がついた自分のコートの背中を見てがくりとうなだれた。
「も~何してんの鯉壱?さっきからがしゃがしゃうるさいし…俺寝てないって知ってるよね?」
「でも、ぼくのおうちだし」
「うんまぁそうなんだけどね!」
「それにきのう寝てないのは自業自得じゃない?、どうせ女の子のところにでも行って夜遊びしてたんでしょ?」
「そう言うこと笑顔で言わない!!意外と俺ナイーブだぜ!?」
にこりと天使の笑顔で微笑んで、それでもその口からは蜂散にとっては恐ろしいくらい毒舌を吐く鯉壱に、
蜂散はまたしてもふらりと大げさにソファに倒れこむ。
確かにきのうは女の子と遊んでましたよ、でもそれをたたき起こして自業自得って、!
ぶちぶちと文句を吐き続ける蜂散に鯉壱はただただ笑って呟く、
「ハチコは誰かにチョコあげないの?」
へっ?と彼が間抜けな声を上げれば鯉壱はキッチンを指さして
ぼくたちチョコ作ってるんだよ、バレンタインデーの、なんて答えるから、
いまだに緑露ががしゃがしゃいわせているのが生クリームを泡立てている音だということを蜂散は把握した。
もうそんな季節か、ふっとカレンダーに目を向ければ迫るバレンタインデー。
赤い文字で小さく書きこまれたその文字に、蜂散は小さく顔をしかめる。
「ハチコ季節感ゼロだもんね」
ふふっと鯉壱が笑って、そうでもないぜ、と蜂散は珍しく真面目な顔をして答えた。
きょとんとした顔で鯉壱が自分を見つめるのを見て、彼は改めてソファから起き上がり、
ちゅっと鯉壱の額に軽く口付けてからキッチンの緑露に声をかける。
「チョコさァ、余ってたりする?」
キスされたことに多少顔を歪めた鯉壱だったが、蜂散の言葉にその腕の中で驚いたように目を丸くする。
ハチコチョコつくれるの?、そう尋ねる鯉壱に蜂散はただ笑って、秘密、と呟いた。
***
なになさってるの?
びくり、蜂散の肩が大げさに揺れた。
人のキッチンですわよ、緑露がそう言って肩をすくめる前に蜂散は困ったようにへらりと笑って、手に持っていたフォークを下ろす。
「プレゼントをさ、作ってたんだ」
「分かってますわ、蜂散サマ意外と手先器用ですものね」
「意外言うなコノヤロウ…モンスターはリヴリーなんかより味覚が敏感なの!」
「まぁ、美味しそう!でも少し少なすぎじゃなくて?」
「(それはお前がでかいからだろ)人の話聞けコラ!!」
自信満々に差し出されたそれは綺麗なザッハトルテで、
その出来栄えに腕組みする蜂散の横で緑露も思わず感嘆の声を上げた。
彼女の投げっぱなしなボケに、蜂散はいちいち突っ込んでやってもよかったのだけれど、
とにかく彼にとってもお菓子なんて作るのは久しぶりで、
去年は確か顔面にパイ食らったっけ、そんな傷をえぐりながら作り上げたわけなのだから、
素直に緑露の言葉が嬉しかったのも事実だった。
綺麗にできましたわね、まるで子供をあやすようにしゃがみ込んで自分の頭を撫でてくる緑露に、
うわぁ俺20にもなって何やってんだろ、心境はかなり複雑な蜂散だった。
「で、緑露は俺が誰にプレゼントするのかとか聞かないわけ?」
にやにやと口元をゆるめながら彼は尋ねたが、緑露はふっと一つ息をついて、
そんな野暮なこと、私が聞くわけにはまいりませんわ、と笑顔のまま呟く。
こいつほんとにできるやつだね、そんなどうでもいいことを思いながら蜂散はくつくつと笑って、
2月のカレンダーの14に思い切り大きくハートを書きこんだ。
「今年は幸せなバレンタインデーになるといいですわね、」
くすりと笑う緑露に、鯉壱ちゃんには去年の事言うなよ、と念を押して。
蜂散はがさりとザッハトルテに箱をかけた。
スウィート・スロー・スレンダー
( はっぴーばーすでーって、字下手過ぎじゃありません?)( …う、うるせぇ…!)
ハッピーバースデーツユキくん、!
鈍ちゃん宅ツユキくんのお誕生日お祝いでした!