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紅茶色の午後
( 擬リヴ絡み小説03 / 鯉壱とほのぼの / アイガ様宅架絽くん )
※アイガ様のみお持ち帰り可能です
その頃、架絽は喫茶店にいた。
あいにく客は誰もいない。
小さくて白いコーヒーカップを拭きながら、架絽は店内に流れるゆったりとした雰囲気を楽しんでいた。
と、
そこに飛び込んできた電話の音。
慌てて受話器をあげると、聞きなれない声が言った。
『ケーキが作れるオーナーさんをテイクアウトしたいんですけど』
一瞬、間が空いた。
架絽は、電話の向こう側にいる相手が何を言っているのかイマイチ理解できずに、えっ?と声を漏らす。
『ケーキはシフォンケーキが良いな。生クリームが乗ってるやつ。あとは、緑露ちゃんにチーズケーキとオーナーさんが好きなのを一つ。紅茶はこっちで用意します、場所は、』
「あ、あの、!」
のんびり相手のメニューをメモしている自分に気がついて、架絽はあわててペンを置いた。
『なんですか?』
「ケーキのテイクアウトは大丈夫なんですけど、オーナーのテイクアウトっていうのは一体…?」
恐る恐る尋ねると、顔の見えない相手は少し驚いたように黙り込む。
『オーナーさんのテイクアウトはできないんですか?…うーん困ったなァ…』
電話の向こうで、相手は誰かと相談しているようだった。
何かごにょごによ言っているのは聞こえるが、何と言っているのかは聞きとれない。
架絽はふっとため息をついた。
オーナーのテイクアウトだなんて、できるできないの判断の以前に、聞いたこともない。
この人たちは何がしたいんだろう。
『もしもし?』
相手の相談は終わったようだ。
「はい、ケーキのテイクアウトと言うことで宜しいですか?」
『ううん、僕たち今からお店に行きます』
「え?」
『お気に入りのテーブルクロスを持っていってもいいですか?あと紅茶も』
「え、あ、はい…」
『よかったー僕お茶会するときはあのテーブルクロスって決めてるんです。じゃあケーキお願いします』
「はい…」
ぷつっ、と音を立てて電話は切れた。
今の話を整理すると、いまからお茶会をしに、紅茶とテーブルクロスを持ったお客さんがやってくるということになる。
受話器をゆっくり置いて、自分がメモしたケーキの名前を見下ろした。
シフォンケーキに、チーズケーキに、あと一つは――。
突然、また電話が鳴った。
もしや、と思いつつ受話器をあげると先ほどの声がこう言った。
『さっき確認するの忘れちゃったんですけど、緑露ちゃんぐらい大きな女の子が座れる席はありますか?』
***
カランコロンとベルが鳴る。
店内に足を踏み入れたとたんに、ケーキの甘いにおいとコーヒーのいい香りが漂ってきた。
「いらっしゃいませ」
架絽はにっこり微笑んで、やってきた客に挨拶した。
鯉壱は結局一人でやってきていた。
電話でオーナーに確認したら、身長3mのお客さんが来るにはすこし狭いかもしれないといわれてしまったので、
緑露にはチーズケーキをテイクアウトしてくる約束で、島を出てきたのだ。
ネッグウォーマーの上にマフラーを巻いて、片手にピクニックバックをぶら下げて、彼はやってきた。
鯉壱はぐるりと店内を見渡すと、オーナーに一番近いカウンター席を選び、そこに座った。
架絽は、思っていたより、またずいぶん小さな子が来たなあと思った。
お客は身長150㎝ほど。
一人で来るには少し不思議だと思わざるを得ないような年齢に見えた。
「僕は鯉壱」
お客は突然そう言った。
「お魚の鯉に数字の1の難しい方で鯉壱って読むんだ」
「こいちか。素敵な名前だね。」
架絽は微笑んで、自分の前に座った鯉壱と名乗ったお客を見つめた。
「僕は架絽って言うんだ」
鯉壱も架絽を見つめる。
二人は一瞬目が合って、どちらからというわけでもなくくすくす笑った。
「何にする?」
架絽は鯉壱に尋ねる。
鯉壱はすぐさまシフォンケーキ、と言った。
「シフォンケーキ好きなの?あんまり甘くないやつだけど」
「うん、紅茶によく合うんだ。でも、生クリームはつけてね」
分かった、そう言って架絽はショーウインドウからシフォンケーキを一切れ取り出すと、お皿に乗せて店の奥へと消えた。
鯉壱はその間にピクニックバックからテーブルクロスを取り出して、
カウンター席で広げるわけにもいかないので4つに折ったままテーブルに乗せた。
ピクニックバックには他にも鯉壱の好きな緑露お手製のミルクティーが入っていた。
まだ温かいままのそれを保温バックに入っていたポットごと取り出して、カウンターに並んでいた小さくて白いカップに注ぐ。
それを両手で握ると中のミルクティーの温かさがコップを通して伝わって、鯉壱はなんだかとても幸せな気分になるのだった。
「お待たせ、シフォンケーキだよ」
架絽が帰ってきた時、鯉壱はもう2杯目のミルクティーを注いでいるところだった。
「わ、すごいね、準備万端?」
カウンターに広げられたテーブルクロスと、ミルクティーの入ったポットを見て架絽は言った。
鯉壱は少し笑ってシフォンケーキを見上げる。
「僕ミルクティーが一番好きなんだ。お砂糖無しのミルクティーとシフォンケーキを一緒に食べるのが僕の幸せ」
「へぇ、偶然だね、僕もミルクティー好きなんだ。美味しいよね」
「うん、ミルクティーはどんな食べ物にも合うしね。これは僕の島にいるポフが淹れてくれたミルクティーなんだけど、飲んでみない?」
「え、いいの?」
「うん、僕いっぱい淹れてきてもらったからまだまだあるし」
そう言いながら鯉壱は新しいカップにそのミルクティーを注いだ。
はい、と笑って架絽に手渡されたそれは、温かくて、綺麗で、不思議な安心感をもたらすようで。
架絽は頂きますと言って一口それを啜る。
「美味しい」
「でしょ?彼女が淹れてくれた紅茶はお茶会の時の必需品なんだ。架絽のケーキも食べていい?」
「うん、もちろん」
それを聞いて鯉壱はフォークを手にとり、頂きます、と呟いてシフォンケーキを一口食べた。
どう?と笑って尋ねる架絽に、鯉壱は微笑む。
「すっごく美味しいよ。架絽って手先器用なんだねェ」
「ケーキ作ってるうちに自然と感覚が繊細になるよ」
「ほんと?僕すごく不器用だから、架絽みたいにケーキとか作れる人羨ましいな」
「最初は僕だってそう思ってたよ、でも意外とやればできるもんだし、鯉壱もきっとうまくいくよ」
そうかな?と笑って鯉壱は言う。
架絽はそうだよ、と笑って頷く。
それだけで二人は笑えてしまえるのだから不思議なものだと架絽は思う。
ゆらゆらと脚を揺らしながら、鯉壱は3杯目のミルクティーをカップに注いだ。
「ねぇ架絽?」
「ん?」
「どうして世界は寒くなるんだと思う?暖かい春だけあれば、十分だと思わない?」
鯉壱は今朝、緑露にも訪ねたその質問を、ミルクティーを飲みながら架絽にも尋ねた。
尋ねられた架絽はといえば、一瞬驚いたような顔をして、でもすぐに笑いながらこう言った。
「ずっとあったかいと、あたたかいことが当たり前になっちゃうからじゃない?あたりまえになると、幸せって気付きにくくなるもんだよ」
鯉壱はもう一度笑って、ほんとうにそうだね、と呟いた。
暖かい温もりはいつの間にか当たり前になっていて、
それを幸せだと感じられるほど、窓の外の風は冷たくなっていた。