本を読むその視界にするりと白い手が見えて
人差指に光る銀色に、ハチコだ、と悟った
心音ヒーター
あっという間に首にまわされた腕をまるで気づかないとでも言うように
鯉壱はそのまま読書を続ける
その冷たい反応に機嫌を損ねたのか、蜂散の手がそっと鯉壱の顎に添えられた
「鯉壱ちゃん」
蜂散の声を耳元で聞きながら鯉壱は諦めたようにため息をつき、蜂散はそのまま鯉壱の顎を引いてその顔を自分の方へ向けた
鯉壱の頬に蜂散がそっと口付けようとする前に、鯉壱は口を開く
「なあにハチコ。ぼく今本読んでたんだけど」
一瞬身を引いて怪訝そうな顔をした蜂散だったが
鯉壱の声を聞くなりすぐさまにやにやと口角を上げた
「嘘。気付いてただろ、俺が腕回した瞬間に」
「ううん、わからなかった」
「俺に嘘ついてもだーめ。鯉壱ちゃんのことは何でも分かるんだから」
俺は鯉壱にぞっこんだもん、なんていいながら笑う蜂散に鯉壱は困ったような表情を浮かべる
性質が悪い。むしろ、歩が悪いというべきか
蜂散はそんな鯉壱の顔を覗き込んでまたくつくつと笑った
「ったくもー鯉壱ったらそんな可愛い顔すんなよ!」
食べたくなっちゃうだろ!満面の笑顔で恐ろしい発言をかます蜂散に
鯉壱はただ苦笑して手に持っていた本をパタリと閉じる
「それで、今日はどうしたの?」
「理由がなくちゃ来ちゃいけない?」
「いけなくはないけど、個人的に理由があった方が安心するんだよね」
「なら理由は鯉壱に会いたかったからだ」
理由になってない、と鯉壱は思う
この男は本当に、自己中心的で、楽観的で、それでいて悪いやつじゃないなんて、本当にめんどくさい
肩に手を回してぴったりと体を寄せてくるその問題の男をかるくスルーして、鯉壱はもう一度続きを読もうと本を開いた
しおりをはさんだその薄いページは、ちょうど王子様がお姫様を救い出す感動のシーン
別にそんな童話を信じる歳ではないはずだが、鯉壱が読む本は童話ばかりで現実味がない
それに気づいた蜂散の不満が耳元で聞こえる
「鯉壱ちゃん、そんなのより俺に構って」
鯉壱の金色の髪を勝手にかきわけて、蜂散は探し当てた耳にふっと息を吹きかける
一瞬首を傾けた鯉壱の、あとでね、とたった一言つぶやくだけのリアクションに機嫌を損ねたのか
蜂散は目を細めたと思うとそのまま鯉壱の耳にかみついた
「わあっ、!?」
驚いてその耳を片手で覆って、それから怒ったように振り向いた鯉壱の唇を塞いだ蜂散
あまりにその行動が突飛過ぎて、鯉壱は抵抗のタイミングを失ってしまう
しまった、そう思った時にはすでに蜂散の舌が滑り込んできたところで
あわてて離れようと身を引けば、バランスを崩した体はそのまま後ろにばたりと押し倒されたかのように後ろに倒れ込んでしまった
それでも蜂散は唇を離さないどころか、倒れ込む鯉壱を片手で抱きとめるという反射神経のよさまで披露してみせるから、あぁもう、全く性質が悪い
「ね、鯉壱ちゃん、俺が好き?」
触れそうな距離で、漸く離れた蜂散の口からはそんな甘いセリフが漏れる
かわいい女の子に言えばいいのに
心の底から洩れてきそうなため息を押し込めて、鯉壱は目を細くして10cm先のその顔を見上げた
「好きだよ」
「ほんとに?」
「緑露ちゃんの次の次くらいには」
ゆるりと微笑んでそう答えてやれば、一瞬輝いた蜂散の顔は思った通りがくりと落ちた
それでも覆いかぶさった鯉壱の上から退くことはしない、蜂散は今度は眉をひそめて鯉壱を見る
鯉壱は思わずくすくす笑いを忍ばせて、蜂散が読書中の鯉壱にそうしたように、彼の頬にそっと手を当てた
「紅茶は簡単に温められるでしょう?だからそれをたっぷり飲む僕の心も、簡単に温められるよ、はちこ」
にこりとそう言う鯉壱の言葉に、蜂散はお手上げだとでも言うように目玉をぐるりと回して
ため息を吐く代わりに鯉壱の額に小さく口付けを落とした
( レンジであっためられるぐらい簡単なら、俺だってこんな苦労しないさ !)