「へェ」
電話先の相手に、俺はごく単純な感想を漏らした
「エマって風邪ひくんだ」
『うるせェ、』
今にも歯軋りの音が聞こえてきそうな彼女の声は、普段聞き慣れたものとはずいぶん違っていて
鼻声なのか、喉を痛めているのか、どっちにしろあんまり大丈夫そうな声じゃない
ぐす、と鼻を鳴らす声がして、それからティッシュを取り出すような、紙がこすれる音が電話の向こうから聞こえてくる
『とにかく、おまえ、いますぐ、こっちに、来い』
「そんなこと言われなくても、エマが病気なら俺は駆け付けるけどよ」
鼻でも詰まって息が続かないのか、途切れ途切れの声で彼女は苦しそうにそう告げた
絶対大丈夫なわけないのに、大丈夫か?と聞きたくなるような声だ
でも、と俺は口ごもる
ちらりと見やった腕時計はとっくにお昼を回っていた
「お前、わざわざなんで俺に電話してきてんだよ。そんなに俺に看病して欲しいワケ?ついにエマもデレたか」
無意識のうちにニヤニヤと口元を緩めれば、俺の言いたいことが伝わったのか
電話の向こうの少女はイライラと声を荒げた
『貴様、調子に乗るなよ!!げほっ、げほ』
「オイオイ大声出すなって、大丈夫か?」
『うるせェほっとけ!!!』
咳こむ彼女に眼を細めて、それでも喚いて見せる電話の向こうの聴き慣れねェ声に俺は眉を上げる
電話ってのは実に便利だ、どんな表情をしてるのか相手には分からない
その分、相手がどんな表情をしてるのか想像する楽しみがある
エマはきっと、顔真っ赤にしてる。間違いねェ。
『俺が、見張らなきゃ、だれが、お前を、見張るんだよ!ごほっ、クソったれ、いいから来い!!!』
はいはい、判りましたよ。
仕事熱心にもほどがあるだろ、全く、ご苦労なこった
意地っ張りのエマにしては上手い理由を考えたもんだ、
病気の時ぐらい、素直に傍にいて欲しいって、そういう甘いセリフの一つや二つ吐いて見せれば可愛げがあるってもんなのに
エマは相変わらず電話の向こうでごほごほやりながら必死に俺に噛みついて見せる、
まァそれが、こいつの可愛さってもんなんだろうけど
「俺はエマ以外には何にもしねェよ、興味ねェもん」
『信用できるか!下らねェセリフ吐いてるヒマがあったら、げほっげほっ!!』
「…ほんとにだいじょうぶ?」
『大丈夫じゃねェよ!!』
それだけ怒鳴る元気があれば、俺が着くまでは何とかなるだろう
病気で弱り切ってるエマなんて正直見たくもねェし、死にそうな顔されてちゃ見てるこっちの方が身体に悪ィ
こうやってわざわざ呼び出されなくたってどっちみち俺はいつものようにあいつのところに行くつもりだったけど、
むしろ呼び出されたことが嬉しく思えてしまう単純な俺は、
じゃあ今から行くよ、そう告げて電話を切った後も口元に笑みを浮かべていた
これからいつものようにエマの家に行く俺は、
いつものように犯罪者が勝手に家に不法侵入するワケじゃなく、
あいつの彼氏として彼女のピンチに駆けつけてやらなきゃならねェワケで
そう思うとなんだかテンションあがるよなァ
今日はひとまずエマの建前に騙されてやることにした単純な俺は
口元に笑みを携えたまま、足取りも軽く彼女のピンチへと向かったのであった
エマちゃんが風邪をひいたらフリッカが手厚く看病してくれる、ハズ