ちゅんちゅん、と、小鳥のさえずる声で突然店は騒がしくなった
ヴィレッタが暇だ暇だとあまりにうるさく喚くので、彼女に喚かれるよりはと思って小さなコマドリを飼ったのだ
彼女はこのプレゼントを酷く気に入ったようで、彼女が持てるすべての暇な時間を
その小さな鳥かごの中に閉じ込められた小鳥を見守り続けることに使うことに決めたようだった
「ねェーダーティー、みてみて、可愛いわねェー」
うふふ、とまるで女の子みたいに可愛らしく微笑んで見せる「彼」を俺は遠目に見つめつつ、
同時に、その微笑ましい光景につい頬を緩める
鳥かごの中の小さな鳥は、ちゅんちゅん鳴きながらちょこちょこ首を傾げていて、
細いかごの中にやすやすと突っ込まれるヴィレッタの指が見えているのかいないのか、とにかくせわしなく動き回っていた
ところが当の飼い主はというと鳥かごの前で静止したまま動かない
もうぞっこんという訳だ。
俺にべったりだった彼女の愛情表現も、コマドリが来てからはだいぶ軽くなった
確かに彼女にはもう少し愛を分散して欲しいと思っていたところなので、俺とコマドリで丁度いいのかもしれない
同じはかりに乗せられているのが小さな小鳥だということに若干不快感を覚える俺ではあるが、
まァ幽霊に好かれている時点でどうのこうのと文句を言える状態でもないので黙っておくことにする
「ヴィレッタ?」
ずっとだんまりを決め込んでいた彼女の細い指が、鳥かごの中でチラチラと揺れているのを見て
俺は目を細めつつ、そっと疑問符を投げた
心なしか彼女の透明なハズの指先が、小鳥の首を狙っているように見えたのだ
「この子、きっとアタシが見えないのよ」
先ほどまでの無邪気な笑顔とは裏腹に、ヴィレッタは悲しそうな目で小鳥を見つめる
かごの中のコマドリは、確かに目の前のヴィレッタには目もくれないというようにいまだにちょこちょことかごの中を動き回っている
「気付いてないだけじゃないのか?それとも、お前さんに遊んでもらうより、外のことの方が気になるとか」
そっと言葉を選んで投げかけたその声に、ヴィレッタは小さく頬笑みを浮かべた
ダーティーったら優しいのね。
これは、彼女の口癖だ
「アタシが幽霊だから、こいつには見えなくて当然だろって、言わないのね」
ヴィレッタの綺麗な指が、また鳥かごをすり抜けて小鳥の首に伸びる
でも触れない。彼女の指は鳥かごをすり抜けたように、その小鳥をも通り抜ける。
まるでコマドリの首に埋まったように見えるその指先を、ヴィレッタは左右に動かしていた
ちょっとでも、そのふわふわした羽根に触れることが出来やしないかと、そう願っているように
「アタシのコマドリなのに、飼い主のことがまるで見えてないみたい」
幽霊である彼女がコマドリには見えているのかいないのか、それはコマドリにしか分からないことだ
彼女が愛おしそうにコマドリを撫でる動作をしているのを、俺はただ黙っていることしかできないでいて
ダーティーみたいね、そうぽつりと付けくわえてから、ヴィレッタはふふっと力なく笑う
俺みたい?眉間にしわを寄せた俺に、ヴィレッタはくるりと振り向いて俺のそばに寄ってきた
コマドリには触れなかったその指先が、俺の胸にそっとあてられる
「生き物を飼うのは大変ね」
ヴィレッタはそうっと呟いて、俺の胸に顔をうずめた
俺は彼女にどう声をかけるべきかもわからずに、ただ胸の奥に居心地の悪さを感じていた
ひんやりしたヴィレッタの指が、鎖骨を這って、俺の顎を捉えて、そのまま自分の方を向かせる
吸い込まれそうな三つの瞳に、俺はただただ溜息を吐いた
「俺にはお前さんが見えてないって言いたいのか?」
「そうよ」
軽やかに、歌うようにその一言は告げられた
ヴィレッタの冷たい両手は俺の後頭部に添えられて、そのままこつんと額を彼女の額に押し付けられる
「ダーティーはアタシのコマドリなのに、頭の中は、別の女のことでいっぱいでしょう」
逃げられないわよ、かごに入れたのはアタシだもの
そうっと呟いた唇に俺を吸い寄せて、彼女は俺に冷たい冷たいキスをする
コマドリの鳴き声はいつの間にか止んでいた
コマドリの飼い主
ダーティったら優しいのね。いつだってあなたは、アタシのキスを拒まないもの。