路地裏にちょこんと座る彼は、今日もいつもと同じようにちっちゃな紙パックを手にしていた
俺に気付くなりその眉をちょこんと上げて、小さく俺に手を振って、こっちをのんびり見つめていて 「やあ」
その声は優しく、緩やかな笑顔で俺を迎えた
相変わらずボサボサなままの髪型は気にいらないけれど
俺は何にも言えないまま、彼のすぐ横に座りこむ
「どうしたの?今日は元気がないね」
彼がくわえたストローの中を、いちご牛乳が登っていく
歳のわりに甘いものが大好きらしい彼の姿に、ちらりと別の男が重なった
「あんたさ、好きな人いる?」
膝を抱えたその隙間に、ぽつり、無意識にすべり出た言葉が落っこちていった
自分が何言ってるのかもわからないまま、でも何だか慌てて訂正するのも誤解を招くような気がして、
俺は溜息交じりに足元に転がっていた小さな小石を蹴っ飛ばした
「すきなひとかぁ」
クラッカーは緩やかに微笑んで空を見上げた
つられて俺も顔を上げてみたけれど、狭いビルの隙間、青空はちょっぴりしか見えない
「エマちゃんにはいるの?」
彼の声が、俺に尋ねる
彼の手の中でぺっちゃんこになったいちご牛乳の紙パックが、何だか空しいままで
「どうかな。判んねェ」
素直な声がそう言った
俺はそれが自分の声だと知りながら、どこか遠くで盗み聞きしているような居心地の悪さを覚える
クラッカーはただひたすら空を見上げたままで、俺はちらりと彼の横顔を盗み見た
「たまに俺も分かんなくなるよ。記憶喪失ってやつ?どこかでとびきり美味しいデザートを見つけても、それがどれだけ美味しかったか覚えてない。美味しかったって事実は覚えてるんだけどね。」
「それ記憶喪失って言うのか?」
「記憶が喪失してるんだから記憶喪失だよ。」
俺が顔をしかめているあいだにも、けらけらと、路地裏に彼の明るい声が響いた
クラッカーは漸くその視線を空から俺に向けたかと思うと、
胸が苦しくなるほど見つめ続けた、あの顔で笑う
「好きとか嫌いとか判んなくてもさ、愛された記憶とか、愛した記憶とかがあれば、それで十分でしょ」
彼は情けないほどぺちゃんこになってしまった紙パックのストローを
空だと知ってそれでもなお、ぱくっとくわえてみせた
もっちゃん宅のクラッカーさんキャラもよく分かってないのに勝手にお借り(酷ェ)