彼女の綺麗な指が俺から離れていくと言うのに、ただ俺はぼんやりと、もったいないなあと思っていた この指をもう一度絡めて、彼女を抱きよせ、その唇を塞いでやりたい衝動に駆られながらも俺は、
ただ黙って彼女の指を空気の上に乗せるようにゆっくりと離した
「さようなら」
耳に痛い言葉だったけれど、俺は短くああと答える
また一つ、俺の恋が終わった…
「ってこれただフラレたってだけの話じゃないですか何ロマンチックな感じで語ってるんです?」
「オイ空気読めよサイ、こいつは今傷心中なんだ、傷口抉るようなことしちゃダメだろ」
「とか言いながらも口元笑ってんぞキャスケットこの野郎」
わいわいと楽しそうに俺の恋心を土足で踏みつけるクソ野郎どもに俺は怒りを露わにしつつ、
それでもなんとか押し黙って一つ溜息をついた
すっかり肌寒くなって季節はもう冬。人肌恋しい季節になった
それなのに、俺の心はすきま風の酷い冷え切った部屋にたった一人ぽつんと座っているかのような深刻な温もり不足だ
その理由は冒頭、お話した通りの玉砕。
溜息の一つや二つ、吐いて捨てて吐いて捨てたくなるもんだよなあと、俺はまた溜息を吐きつつテーブルにへなへなと突っ伏した
「なあサイ、俺と付き合うか?」
「いやいいです、俺クイン様こわいんで(きっぱり)」
それに浮気はダメです。最低ですよ最低。まぁハチルさんって顔もいいし優しいんですけどね。その浮気癖はなあ…女の子悲しみますよ。
いくら冗談だとはいえ質問が終わらないうちからこうもきっぱりと断られると俺だってヘコむのに、
サイは追撃だと言わんばかりに「最低」をちゃっかり2回繰り返した
そのあまりのショックにごんっ、と音を立ててテーブルに頭を打ちつければ、キャスケットがニヤニヤしながら俺の顔を覗き込む
「でもなぁハチコには本命がいるだろ~?大事にしなきゃダメだぜ」
ニヤニヤ顔はムカつくけど、さらにこいつのムカつくところは言ってることが正しいってところだ。
俺は泣きたくなりながらずるずると頭を横にして、キャスケットを恨めしげに見つめた
こいつ、判ってやがるな。
その殴りたくなるぐらいムカつくニヤニヤ顔を見るたび俺は思う、いっそ誰かこいつ殺してくれればいいのに。
「ツユキと、ケンカしたんだって?」
後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受けて俺はますます涙目になった、
何だってツユキはこいつにばっかり洗いざらいしゃべるんだ?
あいつはこの男の正体がまるでわかってねェ。
キャスケットはこのニヤニヤ顔を綺麗に隠してツユキに近づいているのだ
純粋な俺の可愛いツユキは、どうやら俺が思っていたよりこの男を信用しているようで、
何だかそう思ったら泣けてきた、そんな現実俺には辛すぎる
「ツユキって?本命なんですか?ハチルさんの」
「あれ?サイは知らないの?ハチコにはもったいないぐらいすっげー可愛い子なんだよ」
「へー!そんな可愛い子なんですか?」
純粋な目をキラキラと輝かせ、ここぞとばかりに興味津々で喰いついてくるサイにキャスケットはにやにやと口元をゆがめる、
何が知らないの?だよ、絶対判っててサイの前でバラしたんだろうがよお前!!
突っ伏したままの俺は心の中でそう罵りながら、
あのお喋りな口にチャックを縫いつけられてしまえだなんて柄にもなく可愛らしい呪いをキャスケットにかけようと目を細めた
「ツユキの話はいいよ、どうせ筒抜けなんだろ」
口をへの字に曲げて呟けば、サイはいまさら、あっ、という顔をして自分の口を塞いだ
こいつはまだ根はいい奴なので、キャスケットの口車に乗せられつつも俺のことを心配しているのだ
問題は、こっちの、青い方。
「ツユキったら半泣きで俺に相談してきたぜ?可愛かったなー、俺襲っちゃおうかと思ったもん」
堂々と俺の前でセクハラ発言をするこのイカレたおっさんに俺はついに我慢できなくなって、がばりとテーブルから顔をあげた
キャシーは相変わらず意地汚いニヤニヤ笑いを口元に浮かべたまま
俺をからかって遊んでるだけだなんてことは俺にも分かっているけれど、
なんだか俺にはこいつが本気でツユキに手を出してしまうような気がしてならない。
そして、もしこいつがツユキに手を出したとしたら、正直なところ、俺にはツユキを取り返す自信が、ない
そう、情けないことに、この男に盗られたらそこで、俺の出番は、終わり。
「だっ、ダメですよキャスケットさん!その子ハチルさんの彼女さんなんでしょ?!」
本気でピリピリし出した俺を見かねたのか、そう言ってキャシーを制したのはサイで、
あ、そんなこというならお前頂いちゃおうかな、俺ちょうど腹減ってきたし、だなんてあっけなく、
キャシーも腕にしがみついてきたサイに向かって口を開けて見せた
完全にキャスケットのペースに乗せられている、と俺はギリッと奥歯が鳴るほどきつく歯を食いしばった
いつからあいつ、ツユキとそんなに親しくなってたんだ?
あの男に強奪されたものを数え上げるとキリがない、犯罪歴は過去数えきれないほどあるのだ
あの男のことだ、ツユキを使って俺をからかうだけで終わるハズがない。
何年付き合ってると思ってる、どれだけ奪われたと思ってる、
今回は、ツユキだけは、絶対に盗られたくない
「お腹すいたってさっきご飯作ってあげたばっかりじゃないですか!もうないですよお鍋いっぱいペロッと食べちゃったの忘れたんですか!」
「あんなんじゃお腹いっぱいにならないよー」
「ほんと燃費悪い体してますよね!なんの呪いなんですか」
「可愛い子をたくさん食べれるように神様が授けてくれた才能だってば」
「ほんと無駄にポジティブですよね貴方って人は!!」
くだらない会話でぎゃあぎゃあ騒ぎながら、キャスケットは俺には目も合わせずにサイを羽交い締めにしようとしていて、
もうすでにサイの首筋に噛み痕を発見してしまった俺は、改めてこの男の恐ろしさを思い知る
小さい頃から何でもかんでも、こいつには手当たりしだい全部取り上げられてきた
必死になって取り返しても、一度あいつの手に渡ればそれにはきっちりあいつの「歯形」が残っているわけで
俺は頭を抱えつつもキャスケットが暴れ始めた部屋から出ると、ドアを開けるなり大急ぎでツユキの店に電話をかける
店の電話は留守電だったけど、それでも構わなかった
「ツユキ、ごめん、ケンカの件は全部俺が悪かった。謝るから、キャシーにはもう近付かないで」
電話を切ってから、深呼吸して、それから漸く俺は、とても可笑しな伝言を残しちまったと気付く、
浮気男が何を偉そうに、
浮気の心配してるんだ
薄いドアの向こうでどたんばたんと暴れているサイとキャシーの騒音に、
俺は耳を塞いでしまいたくなりながら、ずるずるとその場にしゃがみこんで深い溜息を吐いた
隠し場所を忘れた浮気者
(かくせない、にげばがない、とられたく、ない)
あせりまくりなヘタレ蜂 キャシーにはもう勝てない越えられない逆らえない!みたいなとことん弱腰な感じで(というかもはやトラウマ的な感じで)育てられてると大変美味しいです ハチコはビビりまくりだけど実はキャスの作戦でツユキくんも承認済みでした☆とかだといいね!電話聞いてハチルさんやっぱり俺のこと好きなんだ…ってちょっとほっとすると同時にハチコをだましちゃった罪悪感でちょっとつらくなればいいツユキくんハァハァ キャス提案のこの作戦、ツユキくんはそういう作戦だと思ってるけど実際キャスケットさんはハチコの嫌な予感通りツユキくんを狙っているかもしれないよね!!ハァハァハァ!!!とかね ツユキくん勝手にお借りしたくせ一瞬も出てきてなくてすみません(土下座