「はい、あーん」
可愛らしい笑顔でその悪魔は言った
おもちゃのスプーンを口に入れる、なんてことは、真似しないで欲しい。
茹でてないカチカチのままの生のパスタを他人の口に突っ込むのも、
そのために相手を椅子に縛りつけることも、決して真似しないで欲しい。
「どうしたんです?あーんですよ」
心底楽しそうに微笑むこの男の訳の分からない感じでセットされた水色の髪が俺のほっぺたにちくちく当たるたび
俺は思い切りのけぞってそれを回避しなければならなかった
彼はカチカチパスタの乗ったおもちゃのスプーンを見つめ、それから口をへの字に曲げた俺を見つめ、
それから我が最愛の妹の、心なしか困ったような顔を見つめ、溜息をついて見せるので
俺はついにこの性根の腐ったろくでなし兄妹を怒鳴りつけるべく口を開いた
「どうしたもこうしたもあるか!!?なんで俺は縛られてるのかお前らから説明し」
「はいもぐもぐ」
「!!?」
俺がその口を開くなり、待ってましたとばかりに妹の小さな腕が伸ばされ、
その手が掴んだおもちゃのスプーンが乱暴なまでに強引に俺の口にねじ込まれる
自分の口の中から突然響いた歯と歯が欠けるようなゴリッという衝撃音にぎゃあああと声にならない悲鳴をあげれば、
そのまま素晴らしく愛らしい笑顔で彼女は俺に「美味しい?」と呟いた
「ブハァッ)生だぞ生!!!カチカチだよ!!」
「ハァ?何言ってんの?今シシーがゆでてくれたじゃないっスか、目の前で」
思い切り顔をゆがめて妹を抱きかかえ、怒鳴る俺から妹の身をさりげなく遠ざける転の失礼すぎるリアクションに俺は肩を怒らせる
第一俺はお前ら極悪兄妹にイスに縛り付けられてるんだ、手ェ出したくったってちっとも動けねェよこの野郎!!!
転はそんな俺にはお構いなしに、妹の頭を愛しくてたまらないという風に撫でつけながらあの人怖いねーとか何とか言いながら彼女の額にキスの雨なんか降らせてやってるわけで、チクショウお前結局そうゆうのがやりたいだけだろロリコンめ、
罵りながらもその間に俺は大急ぎで空っぽのおもちゃの鍋で3分間「茹でられた」生のパスタをぺっぺっと口から吐き出すのを忘れなかった
事の発端はこうだ
シシーという名の女の子が一人、おままごとをしようと思いたった
お気に入りのキッチンで皿を広げ、フライパンをふるうも、なんとなく一人ではつまらない。
ぬいぐるみのキラービーはもぐもぐー美味しいよ!と言ってくれるが彼の皿のパスタの量は全く減らない
そこで彼女は自分の料理をもっといろんな人に食べて欲しいと考える
とりあえず兄貴に出してみるが、兄貴にはシシーが茹でたパスタと、シシーが洗ったお皿の味の違いが分からない。
シシーは考える。もっとましな人に食べて欲しい。
「っつーわけで」
「後半パスタと食器の味の違いがわからない兄貴の件詳しく」
「シシーが触れたモノ皆すべて美味しいと感じてしまうんです俺は。シシーの香りという名の調味料ですでに美味しく味付けされているんです」
「お前気持ち悪すぎだろほんとどん引きだよ」
一般人には到底理解の出来ない愛を語りだす転に俺は白目をむきつつはいはいはいはいと適等に返事をしておき、
とにもかくにも俺をこの恐怖のお食事会に縛り付けているこのロープを切ってしまわなければと身体を動かした
その途端、無駄ですよう、と一言告げるなりびゅっと音を立てて転の手からハサミが顔をのぞかせる、
威圧感と同時に恐怖を与えるその笑顔に俺はひっと短く悲鳴を上げて顔をひきつらせた
「シシー?お食事のマナーで一番大事なことはなんだい?」
「のこさず食べること」
「正解だ、シシーは賢くていい子だね。でもハチルさんは悪い子みたいだなぁ…残しちゃダメって、こんな子供でも出来ることですよ?」
「生のパスタだと言うことを忘れてはいないかお前達!!!!!」
何を堂々と正論ぶって話を進めていやがる!!!俺は声を裏返しながら叫んだ
俺にはこいつの頭の中が理解できない、出来るはずもない、この兄妹はほかの人間とは思考回路が違うんだから
というか、この男の方はイカレていると言っても過言じゃあねェ、だって現に俺は意味の分からない屁理屈で生パスタを喰わされそうになっている、
こんな状況があっていいのでしょうか?いや、あっていいハズが、ない!!
「シシーが茹でたんだから食えるでしょ?ねェ」
「だからお前これは生だとわあああハサミ向けないでくんない!!!」
「いいから食え」
「転さんそれ脅迫!!!」
モンスターより性質悪いよ!悲鳴を上げて顔をそむけても首筋にハサミを突きつけられた俺に逃げ場はなかった
シシーがわざわざ、アンタのために茹でたんですよ…?と呟く転の言葉にはもはや殺意しか込められていない
そんなん言うなら俺じゃなくて他の奴を呼べよと心の中で叫びたい俺の目の前で、
騒ぎを黙って見つめていたこの恐怖の晩さん会の主催者が突然、ふっ、と哀しそうな溜息をついた
「パスタは、嫌いだった?」
シシーの声は、今にも泣き出しそうな、それでいて冷静な、がっかりしたような、やっぱりなぁというような、彼女の胸の内が見て取れるような言葉を吐いた
彼女の作ったパスタは、今俺の目の前で、ただ黙って俺に食べられるのを待っていて
シシーはそのパスタの向こう側で、伏せ目がちにただパスタを見つめている
「…………」
わかった、わかったよ
俺の心が、勝手にそう喚いた
「…そんなことないよシシー」
彼女が作ったこのパスタを、俺が、食べないわけにはいかなかった
彼女が俺のために作ったこのパスタを、俺が、食べられないと拒否できる理由がもう思いつかなかった
「あーんしてくれる?」
諦めたように呟いたつもりだったけれど、それはゆっくりと彼女の口角を持ち上げた
「いいよ」
小さくつぶやいた彼女の腕が握るおもちゃのスプーンに、山盛り一杯のっているのは生のパスタ
それがわかっているのに俺は、笑ってそのまま口を開けた
「美味しい?」
「美味しいよ」
生のパスタを飲みこむのは至難の技だったけれど
思ったよりあっさりと、その言葉は俺の口から転がり落ちていったのだった
心ない料理人
(てめェエェェ!!!喰いやがったな!!?俺のシシーの手料理を喰いやがったなァアァア!!!!)
(そうだろ!?結局こういうオチになるんだろ!!?判ってたよチクショウわああハサミ出すな落ちついて転さァん!!!)
(なんで兄さんじゃあダメなんだよシシィイイィィ!!!!)
転さんがとても気持ち悪くて満足です! ハチコはたまにおもちゃにされてると可愛い